#249【連載小説】Forget me Blue【画像付き】
そんな風に一悶着あったのだけれど、佐村は一先ず調理を再開した。すっかりカットし終えたじゃが芋はラップを掛けて三分チンし、一分程茹でたほうれん草は流水で洗い水気を絞る——それから根本を切り落とすと包丁で三センチメートル幅に切った。一方、イチは珍しくガスコンロの前に立ち、中火で熱したフライパンに有塩バターを入れて溶かすと、パックから取り出した銀鮭の切り身を投入して両面焼いた。途端に香ばしい匂いが部屋の中に充満したから、佐村の腹がぎゅるると鳴った(思わず笑ってしまう程大きな音だった)。
「もう焼けた? じゃあ取り出して身を解しましょう」
「りょ」
ちょっとの間べそをかいていた佐村は、今はすっかり立ち直ってにこにこしている。そして、こんがりと焼き色の付いた銀鮭をフライパンからまな板に移し、軽く身を解して皮と骨を取り除く作業を始めた。イチはと言うと、空になったフライパンにもう一度有塩バターを入れて溶かし、玉葱を入れしんなりするまで炒めた。
「オッケー、もう十分しんなりしたね。ここからは俺がやるから、イチは休憩してて」
「おう。じゃあそうさせて貰うわ」
同じ姿勢で作業してやや腰が痛くなって来ていたので、イチは有り難く佐村の申し出を受けた。ダイニングチェアに腰を下ろすと、コンロの前に立つ広い背中を眺める。彼は薄力粉をフライパンに加え、粉っぽさが無くなるまで炒めて牛乳を注ぎ入れた。
「全く、サムさんったら……」
「ええっ」
頬杖をついたイチがぽつりと呟いたのを聞いて佐村は声を上げると、ばっと振り返って怯えた表情をした。そんな風になるのなら、初めから意趣返しなんてしなければ良かったのに、と思ってイチはおかしくなった。けれども、彼だってストレスが溜まるのだから許してやることにした。
「昨日も言ったけど、俺、サムさん以外眼中に無いから。死ぬまでずっと……」
「えっ」
祖父が居るのにイチがそんなことを言うのは珍しいから、佐村の方が焦ってソファを振り返った(祖父は例によって夢中でスマホを弄っている。ペー太の動画をイン◯タグラムに投稿しているのかも知れない)。そしてほっとした表情になると、ぽっと頬を染めて口を開いた。
「俺だって、イチ以外眼中に無いよ。それに、結婚指輪してるんだから、彼女だって何かしたりしないよ」
「甘い! 甘いぞ、サムさん。今日食べた苺練乳パンケーキみたいに」
「ええっ」
「今までも色んなことがあった癖に、結婚指輪嵌めたくらいで油断したら駄目だろ。スーパーイケメンなんだから……」
「スーパーイケメンって、人聞き悪いよ!」
「いや、人聞き悪くはないだろ……」
「とにかく、今度から話し掛けられても塩対応するから! だからイチ、見捨てないでぇ!」
「全く、仕方無いなあ」
すっかり油断している佐村を(態と)顔を顰めて注意したら、彼は縋るようにそう言ったので、イチは内心にんまりした(そうしてやっと安心することが出来た)。
それから、すっかりとろみが付いたフライパンの中身に塩を入れて味を整えると、ほうれん草と鮭を入れて混ぜ合わせ火から下ろした。それを耐熱皿に移しじゃが芋とぶっ掛けちーを載せ、二百度に余熱しておいたオーブンで十五分焼いて、チーズに焼き色が付いたら完成だ——仕上げに黒胡椒とパセリを散らす。
「おお、サムさんの意地悪が発覚したせいでちょっと時間掛かったけど、素晴らしい出来!」
「うっ、流石にもう許してよ……でも、本当に凄く美味しそうに出来たね! イチが手伝ってくれたお陰だよ!」
「おう! 今回はちょっとハイレベルな手伝いが出来て満足だよ。おーい未央! ご飯出来たぞー!」
「わーい!」
佐村の台詞に満面の笑みを浮かべて応えると、イチは階下の弟を呼んだ(すると直ぐ様歓声が上がり、ダダダと階段を駆け上って来る音がした)……。
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【会社員×両性具有の管理人】寂れた商店街の一角にある駐車場の管理人であるイチは、ある日訪れた時間貸しの客、佐村と出会いすぐに惹かれていく。しかしどこか陰のある彼には悲しい過去があって——。
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