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#128【連載小説】Forget me Blue【試し読み53万文字】

【会社員×両性具有の管理人】寂れた商店街の一角にある駐車場の管理人であるイチは、ある日訪れた時間貸しの客、佐村さむらと出会いすぐに惹かれていく。しかしどこか陰のある彼には悲しい過去があって——。

「それじゃ、これを市民病院の受付に提出して下さい。手術について担当医から説明がありますが、当日に付き添ってくださる家族の方も一緒に行ってください」
「分かりました」
 医師のいつきが言うのに頷きながら、一に都合をつけて貰わなければならないな、とイチは思った。仕事の邪魔をして申し訳ないが、佐村とはまだ籍を入れていないので彼にしか頼めない。
 そうして五分ほどで診察室を出ると、支払いを済ませ紹介状の入った封筒をしっかりトートバッグに入れて病院を出た。相変わらず混んでいたから既に十一時近くになっていて、さっさと買い物して帰ろうと思い、イチは足早にスーパーキョー◯イへ向かった。
 重い物は佐村と車で運ぶからたくさん買うつもりは無かった。十分くらいしてスーパーの売り場に到着したイチは、和菓子コーナーに直行すると祖父に頼まれたわらびもち店内てんないかごに入れた。それから隣に置いてある同じメーカーのくり饅頭まんじゅう(三個入りのパックだ)に目を止めて買おうか悩んでいたら、トントン、と肩を叩かれたのでびくっとした。
「ガブちゃん!」
「イチ、久しぶり!」
 振り返ると、真後ろにガブちゃんが立っていたのでイチは仰天したが、すぐに笑顔になると「久しぶり!」と返事した。するとガブちゃんはイチの手元を覗き込み、「マンジュウ好きなの?」と聞いたのでへへ、と笑って「くり饅頭まんじゅうともみじ饅頭まんじゅう、たまに食べたくなるんだよ」と答える。

「ドッチもカワイイし、オイシーネ。ワタシはジョウヨマンジュウがスキ」
薯蕷じょうよ饅頭まんじゅう? 割とマニアック……」
「皮がシットリしてて、こしあんがギリギリまで詰まってるデショ」
「あ、ガブちゃんもこしあん派なんだ」
 話の流れで同じ派閥の所属と分かってニヤニヤしていたら、ガブちゃんが「今月から教室が再開デスノデ、ソーシに忘れないように言っテ」と言ったので、あははと笑う。
「分かった。伝えとくよ」
「アア、それとまた教室でハガキを渡すつもりデスガ、今度『とくがわ珈琲コーヒー』の二階のギャラリーで個展をやるノデ、良かったら観に来てクダサイ」
「おっ、『とくがわ珈琲コーヒー』でやるんだ」
 「とくがわ珈琲コーヒー」とは、佐村とダイニングテーブルを買った帰りに寄ったサーフインテリアのカフェである。二階は貸し出しのギャラリーになっていて、アーティストの個展やハンドメイド作品の販売などに使われている。カフェに来たついでに覗きに来る客も多いから、あまり知名度がない主催者でも多くの人に興味を持って貰える。
「何日から?」
「今週の金曜からデス。ワタシは土日の昼間居る予定」
「じゃあ、土日のどっちかに行くよ」
「ハイ。一緒にお茶しまショウ」
 そんなやりとりをして、ガブちゃんは「じゃあ、教室に戻りマァス。マタネ」と言って手を振りレジへ向かった。それを見送りながら、イチは楽しみだな、と思って微笑ほほえんだ……。

 それから駐車場に戻って祖父にわらびもちを渡すと、交代して受付のチェアに座った。いつも通りに仕事して三時間くらい経った時、ラ◯ンの通知音が鳴ってスマホを取り上げると、ムラケンからのメッセージを受信していた。
『実家着いた。荷物置いたらタクシーでそっち行くわ』
『りょ』
 イチは短く返信すると、二階に居る祖父に向かって「あとちょっとしたらムラケン来るー」と叫んだ。それにはいはい、と返事があったのでイチはデスクトップPCを操作して、ムラケンに見せるつもりのオリジナル脚本——前に思いついていた小さな子どもの登場する作品だ——を印刷した。実際に会って話すなら紙の方が手っ取り早いからである。それでもしムラケンが気に入ったら、データでも送信する。
 そんな風に準備して待っていたら、四十分くらいして前の道路にタクシーが止まった……。

「よ! 久しブリブリ」
「おー、久しぶり! めっちゃ焼けてるじゃん!」
 タクシーから降りてきたムラケンこと村井むらい賢一けんいちは、荷物を置いて来たと言った通り手ぶらで、ハーフパンツのポケットに手を突っ込んだまま挨拶した。トップスは某夢の国の住人であるネズミのキャラクターがプリントされたアロハシャツで、未央に負けず劣らず派手なよそおいである——ふざけるのが好きで言動は三枚目だが、上京後は芸能事務所に所属していたという経歴もあり容姿ようし端麗たんれいである。
「見て見て、そでの下色違うっしょ。裸でもシャツ着てるん」
「おおう……俺も前は日焼け止め塗ってなかったけど、近頃は塗ってるぞ」
「俺だって顔だけはなるべく塗ってるし! でも他の場所はついつい忘れちって」
 確かに、言われてみれば顔だけはあまり焼けていない。きれいに整えられた眉とやや色っぽい垂れ目の間隔は狭く、いつ見ても美しい顔である——ムラケンを見ながら改めてそう思ったイチは、もちろん佐村だって目と眉は殆ど離れていなくて同じくらい美形なんだぞ、と何故か対抗心を燃やした。
「まあ立ち話もなんだし、上がってよ」
「おう、悪いな。お邪魔しまっす」
 受付の窓から顔を出しているイチがそう言うと、ムラケンは玄関の方へ回りすぐに入ってきた。イチのものと似たようなビーチサンダルを脱ぎ、出してあった来客用のスリッパを履く。それから二人で階段を上りリビングに入ると、新聞を読んでいた祖父が振り返って「ケンちゃん、いらっしゃい」と言った——高校時代、ムラケンはたまに家に来ていたから馴染なじみなのである。
「じーさま、久しブリブリ。あっ鳥が居る」
 ムラケンはイチにしたのと全く同じ挨拶をして、珍しく静かにしていたペー太のケージを見ると勧められたダイニングチェアにどかっと腰を下ろした。図図ずうずうしい物腰ものごしは相変わらずで、イチはくすくす笑うと「コーヒー飲む?」と聞いた。
「そんでお前、紹介したい人がいるとか言ってたけど……彼女か?」
「あー……」
 ゴリゴリと派手な音を立ててコーヒーミルのハンドルを回しているイチに向かって、テーブルに頬杖ほおづえをついたムラケンが尋ねた。それに何と答えようかな、と少し悩んだが、面倒になったので首を横に振り「ううん、彼氏……っていうか、婚約者」と答えた。
「……? 彼氏なのに婚約者なん?」
 首を傾げたムラケンは、同性愛者だったのか、とは言わずにそう尋ねた。それにイチは何でもないような口調で「実は俺、男じゃないんだ。両性具有なん」と打ち明けた。
「……」
 それにムラケンはゆうに一分以上沈黙していたが、今度はヤカンで湯を沸かし始めたイチに向かって「何のカミングアウト大会?」と聞いたのでブッと噴き出した。
「いや、今まで黙っててごめんな。でも俺、妊娠してて……もちろん婚約者の子どもなんだけど。仕事のこともあるし、今回は良い機会だと思って……」
 話している途中でガッターン! と大きな音がしたので振り返ったら、ムラケンが椅子ごとひっくり返っていたので仰天した。祖父もびっくりしていて、「ケンちゃん! 大丈夫かい!?」と叫んだ。
「いや……大丈夫。ってか、床に傷ついたかも……すまん」
 床に転がっていたムラケンはゆっくりと体を起こし、何故かしょんぼりして椅子を元に戻した。それから再び腰を下ろすと茶菓子として出されていたくり饅頭まんじゅうを掴み、ぱくっと食べた。
「……」
 その場に沈黙が落ちて、気まずくなったイチは今更もじもじした。ムラケンのことを信頼しているからこそ勿体もったいらずに話したのだけれど、やっぱり受け入れて貰えないのかな、と不安になった。そうして少し泣きそうになっていたら、ごくんと饅頭まんじゅうを飲み込んだ彼が話し始めた。
「まあ、なんだ。色色いろいろとまだ飲み込めてないけど、打ち明けてくれてサンキュな。で、お腹……に、赤ちゃん居るって、それであんまり仕事請けてくれんかったんか」
「おう。ちょっとつわりとか、ひどい時期があって……。実は今度、簡単な手術もする予定」
 れたてのコーヒーを注いだカップを渡しながらそう言うと、ムラケンは「マジでっ」と叫んだ。それから心配そうな顔つきになり「マジでお大事にな……」と言った。
「よ、良かった……」
「は? 何が」
「いや、ムラケンが性別のこととか、普通に納得してくれて……」
 大きなため息を吐いたイチがそう言うと、ムラケンは片方の眉を上げて「何でだし」と言って続ける。
「お前は大事なツレで仕事仲間だし、性別とか何でも良いわ。めっちゃビビったけど、言われてみればお前、男には見えねーもんな」
 昨日いろはにも同じことを言われたな、と思いながらイチは「ありがと」と呟いた。昔から自由じゆう奔放ほんぽうに生きている彼は他人にも寛容で、お陰で多くの人を惹きつけるから監督という仕事に向いている。
 そうしてホッとしたイチは、テーブルの端に置いてあったオリジナルの脚本を読んで貰うことにした……。

「初めまして、佐村蒼士です。いつもイチがお世話になって……」
「村井賢一です。いえいえ、こちらこそイチには色色いろいろ無理聞いて貰って」
 夕方の五時過ぎ、大急ぎで帰ってきた佐村は、リビングに入るなり祖父と並んでソファでテレビを観ていたムラケンに挨拶した。ぺこっとお辞儀して名乗った彼とは対照的に、ムラケンは掛けたまま片方の手を挙げただけである。
「イチ、この後はお祖父様に代わって貰うの?」
「うん。じーちゃん、頼んで良い? ごめんな、今日は何回も」
「いやいや。せっかくケンちゃん来たんだし、ゆっくりしてきな」
 佐村が聞いたのに、祖父に声を掛けたら彼はにこにこしてそう答えた。火曜の夜は普段から時間貸しの客が少ないし、受付には内線電話を置いておけばことりるのでそれほど負担にはならないはずだ。
「じゃあ三人で飯食いに行くか。ムラケン」
「おうおう。十一時くらいにうどん食ってからくり饅頭まんじゅうしか食ってねーし、腹ぺこだわ」
くり饅頭まんじゅう、結局二つ食ったもんな」
「おう。すまんの」
 そんなやりとりをしながらムラケンは立ち上がり、祖父に「またね」と挨拶するとキッチンに立っているイチたちの方へやって来た。そうして佐村と並ぶと頭一つ分小さい——未央とは一、二センチも変わらないだろう。すると彼は佐村を見上げ、「背、高くてうらやましー」と言った。
「はは。図体ずうたいデカいのだけが取り柄です……」
 そう言って佐村が謙遜けんそんすると、ムラケンは勢いよく首を横に振り「佐村さんだっけ、映画に出る気、ない? 演技指導ならちょこっと出来るから……」と言い出したので、イチは「おいおい」と突っ込んだ。
「またまたそんなこと言って、ムラケン、素人しろうとなんか使わんやろ」
「だって彼、友介ゆうすけにちょっと似てない!? 本物にはなかなか出て貰えんし、こういうタイプ好みなんよなあ……」
 ムラケンがそう言ったのに佐村がぎょっとしたので、イチはそばに寄ると「俳優としてっていう意味だから……」と耳打ちした。それに佐村はホッとした様子で「俺、文化祭でちょっとだけ劇に出たことありますけど、散散さんざんだったんで」と言った。それにイチは「マジで?」と言うと「何役やったん?」と質問する。
「白馬に乗った王子様役……」
「へ?」
 当時を思い出したのか、眉を寄せて言ったのにイチとムラケンが同時に聞き返したら、佐村は顔を赤らめて「白タイツにカボチャパンツ穿かされたんだよ……」と答えたので、二人ともぶはっと噴き出した……。

「あ、それでさっきの脚本だけど」
「おう」
「相変わらずファンタジー寄りで俺好みだから撮りてぇけど、やっぱ子役がな……」
「そうだよな」
 家を出た三人は、T駅方面に向かって歩き始めた。道すがら、先ほど見せたオリジナル脚本についてムラケンが話し始めたのに相槌あいづちつ。今夜は溝口と土曜に訪れた、T駅の複合商業施設「T駅コレメントプラザ」の地下一階にある飲食街で夕食をとるつもりだ。
「ま、素敵な子役が見つかったら、で良いよ。そんなすぐでなくても」
「おう、また探しとくわ。最近手頃な子役不足でなー」
 イチが遠慮したのにムラケンが申し訳なさそうに答え、それにこっくり頷いていたら隣を歩いていた佐村がギュッと手を握ったので、苦笑すると同じだけの力で握り返してやった。すると、目敏めざとく気付いたムラケンがヒューと口笛を吹いたから真っ赤になる。
「そういや美帆みほちゃんとは相変わらずなん?」
 慌てて話題を変えようとしてそう尋ねると、ムラケンは渋面じゅうめんをつくり「はよー籍入れて子作りしろってかれてる」と答えた。ちなみに美帆とはムラケンの長年同棲している彼女である。
「ええ、美帆ちゃん、俺らの一個下だろ? 早く結婚しないと」
「そーだけどさ、俺はまだまだやりたいことあるし……」
 そんなやりとりをしていたら、ひょいと身を乗り出した佐村がイチを挟んだ向こうを歩いているムラケンと目を合わせ、にこっと笑って「赤ちゃんって出来てみると、思った以上に嬉しいですよ」と言った。それにムラケンは何故だか赤くなり「お、おう」と応える。
「おいイチ、いつの間にこんなスーパーイケメソ捕まえたんだよ! いけめそ!」
「いけめそって……。子どもまで居るけど、付き合い始めてからは……」
「まだ四ヶ月ちょっとだね」
 微笑ほほえんだ佐村がイチの言葉を引き取ったら、ムラケンは妊娠のことを聞いた時と同じくらい驚いた様子でり「どんだけぞっこんなんだよ!」と叫んだので、二人ともりんごのように赤くなった。確かに、言われるまでもなくかなりの急展開である。
「じゃあ佐村さん、言っちゃあ悪いけど、まだまだ『イチ初心者』だな」
「えっ」
 十メートルくらい進んだらムラケンは復活して、にやっと笑うとそう言った。それに佐村が眉をぴくっと動かしたのを見て、イチは心の中で「あーあ」と言ってため息を吐いた。
「こいつ、めっちゃ優しいし良い奴だけど、昔はかなりのメンヘラだったからなー。俺も色色いろいろ苦労したのよ」
「ちょっ……メンヘラって」
「いやーこんなに元気になって、しかもハイスペ旦那まで捕まえて、おじいちゃんうれちい……」
 出し抜けに過去の暴露を始めたムラケンは、そう言うとわざとらしくアロハシャツの胸元で涙をぬぐう振りをした。それを聞いた佐村が突然大きな声で「へえ、そうなんだ!」と応えたので、イチはびくっとした。
「ぜひぜひ、この後イチの昔話聞かせてくださいよ、ムラケンさん! 俺も知らないでいるわけにはいかないんで」
「かしこかしこまりかしこー」
 いつもの目だけ笑わない笑顔で佐村が言ったのに、すこぶる愉快げに答えたムラケンの脇腹を、イチは思い切り小突こづいた……。

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