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#265【連載小説】Forget me Blue【画像付き】

 花金の朝がやって来た。今日はイチが妊娠二十八週になる日で、七回目の妊婦健診を受ける日だ。
「うう……イチ、ギズモ﹅﹅﹅、おはよぉ……」
「おう、おはよう。サムさん、もう少し寝てて良いぞ。父ちゃんはめっちゃデッカいスライスチーズ﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅のトースト食うし」
 午前五時丁度、二台のスマホのアラーム音が暗い部屋に鳴り響いた。すると、こんもりした布団の膨らみがもぞもぞ動き、いつも通り天井のポスター﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅愛する婚約者﹅﹅﹅﹅﹅﹅に挨拶する声が聞こえた。イチはそう応えると、よっこらしょ、と言いながら体を起こした——腹が重くて毎回苦労する。
「ううん、ちゃんと朝ごはん作るよ。戦いに備えて﹅﹅﹅﹅﹅﹅、みんな体力付けないといけないからね!」
 一方、佐村はがばっと起き上がるとうーんと伸びをして、さっと布団を片した(何時いつながら、恐ろしく寝覚めが良い)。イチは彼の言葉に苦笑したが、「じゃあ、朝からお肉モリモリモリアーティ教授しようぜ」と持ち掛けた(当然、肉食男子サムさん﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅は目を輝かせてこっくり頷いた)。
「超超! 簡単レシピだけど、『じゃが芋さんとソーセージさんのカレー炒め』を作りますよお! ソーセージをバターで炒めてこんがりしたら、五分チンしたじゃが芋も入れて、またまた炒めてこんがりしたら、更にカレー粉としお胡椒こしょうを入れて炒めるだけ!」
「おお、絶対に美味いやつじゃん! 野菜は?」
「昨日のブロッコリーとキャベツの胡麻ごまえの残りでーす! 後味噌みそしる
「完璧ですな!」
 そんな風に努めて明るくやりとりしていたら、タタタと階段を駆け下りて来る足音がして、現れた一が「いっちゃん、佐村さん、親父、おはよおおう!」と何時いつく威勢が良い挨拶をした。
「一さん、おはようございます!」
「父ちゃん、おはよう。どしたん? 矢鱈やたら気合い入ってるけど……」
「当ったり前じゃん!! 今から三好さんを迎え撃つ﹅﹅﹅﹅んだよ!?」
「迎え撃つん!?」
「後、今日はセコミさんとニャルソックさんに電話する。見積もり出して貰って比較しないとぉ」
「おお……」
 監視カメラのみならず、警備会社のセキュリティシステムも導入するとは——安心だが、費用はいくら掛かるのだろう、とイチは心配になった。それからふと気が付いて言う。
「でも、俺ら来月にはS公園のマンションに引っ越すんだけど……」
「え? 何言ってるの、この件が解決するまではここに居るでしょ?」
「ええっ」
「はい、そのつもりです。命には替えられませんから」
 一の言葉にイチは驚いたが、佐村はこっくり頷いてそう答えた。すると一は満足げになり、まな板に載せたソーセージを包丁で切っている佐村の手元を覗き込んで「朝からお肉たっぷり! 精が付くね!」と言った。
「うーん、美味しい! ご飯モリモリ、モリアーティ教授出来るよ! 佐村さん」
「ええっ、父ちゃん、いつの間にモリアーティ教授のことを……」
「ふふっ。この前、イチがお風呂入ってる間に披露したんだよ!」
「そ、そうなんか」
 佐村はあっという間にガッツリめ﹅﹅﹅﹅﹅の朝食を完成させ、皆で手を合わせ声をそろえて「いただきまーす」と挨拶しモリモリ食べた。一は時間が無いと言って立ったまま掻き込んでいる(行儀が悪い)——そして満面の笑みを浮かべて佐村オリジナルの台詞ぜりふ(?)を口にしたのだった。何だかんだ、仲が良い二人である。
「それじゃ、行って来るね。イチも気を付けて……タクシーはきんぴらさん呼ぶんだよね?」
「おう。A町の本社からソッコー来るぞ」
「でも、乗り降りのときも気を付けてね。多分昼間は居ないと思うけど、ひょっとしたら仕事休んで襲って来るかも」
「分かった。気を付けるよ」
 一が出て行った後、少しして佐村も出勤する時間になった。踊り場で見送るイチとそんな会話をすると、眩しい笑顔を浮かべ「行って来まーす!」と言って階段を駆け下りて行く。そうして、玄関ドアの鍵をしっかり掛けた彼の足音が遠ざかって聞こえなくなるまで、イチはその場に留まっていた……。

セコミのステッカー

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【会社員×両性具有の管理人】寂れた商店街の一角にある駐車場の管理人であるイチは、ある日訪れた時間貸しの客、佐村さむらと出会いすぐに惹かれていく。しかしどこか陰のある彼には悲しい過去があって——。

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3,514字

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