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#134【連載小説】Forget me Blue【試し読み53万文字】

【会社員×両性具有の管理人】寂れた商店街の一角にある駐車場の管理人であるイチは、ある日訪れた時間貸しの客、佐村さむらと出会いすぐに惹かれていく。しかしどこか陰のある彼には悲しい過去があって——。

 翌日から、絶対安静の日日ひびが始まった。と言っても脚本の仕事をするのにはノートパソコン一つでことりるから殆ど問題は無い。
「今日のお味噌みそしる、ちょっと味付け濃過ぎたかも。ごめんね」
 八時過ぎ、朝食を作り終えた佐村がダイニングテーブルに味噌みそしるいだわんを運びながらそう言った。
「ん、大丈夫だよ。たまには濃いめでも良いじゃん」
「そう? 良かった」
 汁を一口飲んだイチがそう言うと、佐村はホッとしたような顔をした。それから薩摩さつまげと黒豆を載せた小皿も出す。イチはいつも通り炊飯器から白米をよそった。
「いただきまーす」
 二人同時に手を合わせ、はしを手に取る。昔ながらの庶民の献立こんだてで、こういうのは祖母が亡くなってからは長らく食べていなかったから嬉しい(母親の笑美は洋食派だった)。
「蒼士って、本当良いパパになりそうだよな。俺なんかよりずっと家庭的」
「え? どうしたの、いきなり」
 佐村を見ながら沁沁しみじみしてそう言うと、びっくりした顔になったが嬉しそうに頬を染めた。
「ん、蒼士と一緒に居られて本当に幸せだなって……」
「俺も幸せだよ。イチのこと大好きだからね」
 にっこり笑った佐村にそう言われて、照れ臭かったけれど幸せな気持ちになった。こんな風に素直に気持ちを伝えると、彼はいつもぐに受け止めてくれる。聡一のことは心配でたまらないが、彼がそばに居てくれれば百人力ひゃくにんりきなのだ……。

「あ。そういや金曜からとくがわ﹅﹅﹅﹅コーヒーでガブちゃんが個展やってるんだった」
 病院に紹介状を受け取りに行った日、キョー◯イでガブちゃんと出会でくわした時に約束していたのを今頃思い出した——残念だが、断らなければならない。
「ああ、そうだった。ハガキ貰ったのに忘れてた……」
「なんなら蒼士だけでも行ってくる?」
「ううん。教室も休んだし、イチのこと監視しないといけないからね」
「監視って! マジで軟禁ぽいな」
「平日はお祖父様が看守だからね。あっちに居るでしょ?」
「うん」
 この部屋で一人で居るのは少し不安だから、実家で過ごす方が良いだろう。しばらく大人しくしているが、ルティン嚢胞のうほうだってあるのだから……。

 ガブちゃんには、少し体調が優れなくて行けそうにないと書いたラ◯ンメッセージを送った。ちょうどスマホを見ていたのかすぐに既読になり、とても丁寧な文で体調を気遣う返事があった。無事手術を終えて落ち着いたら、またお茶でも飲もうと約束してやりとりを終えた。
「イチ、これから二週間、仕事以外で何して過ごすの? 休みの日はみんな居るけど平日は暇でしょ」
「うーん、俺、仕事イコール趣味みたいなとこあるから、何かしら作業してるかも。ずっと」
「ええ、そうなんだ……」
「まあ、創作系の人間はみんなそんな感じって聞くよ。ワーカーホリックが多いのもそのせい。仕事と余暇の境界が無くなる」
「なんか、思ったより壮絶だよね。俺には絶対会社員が向いてる……」
「はは」
 そんな会話をしながら佐村は汚れ物の入ったかごを窓際に運んでいて(洗濯機はベランダにある)、イチは一人掛けのソファの前に彼のデスクを置いて仕事に取り掛かった。
「あ、またはとが来てるっぽい……」
「ええ、また?」
 窓を開けた佐村がエアコンの室外機を見ながらそう言って、イチは眉を寄せた。このGビルには例の公園から土鳩どばとがよく飛んでくる。狭いベランダを我が物顔で闊歩かっぽして所構わず糞をするので困っていた。
はとが平和の象徴とか笑っちゃうよな。あいつらに一度目を付けられたら最後、『仁義じんぎなき戦い(飯干いいぼし晃一こういち原作)』が始まる……」
「チャララチャラチャラチャリラリラー」
「ぶはっ! それは『ゴッドファーザー(フランシス・フォード・コッポラ監督)』やろ!」
 あまりにも有名な映画のタイトルを口にしたら、佐村が同じく傑作映画『ゴッドファーザー』の『愛のテーマ』のメロディーを口ずさんだので噴き出した。
「いやでも本当、はとってしつこいよね。今は巣作りの時期じゃないけど、夫婦そろって内覧に来るんだよ。『あらアナタ、この室外機広くて良いじゃない?』とか言ってそう」
「ぎゃはは」
 佐村の言い様に久しぶりに爆笑した……。

 午後になり、家事が一段落した佐村と駐車場へ向かった。ほんの一分ちょっとで着くのだけれど、イチは並んで歩いている彼の手を握った。
「ふふ。どうしたの?」
 佐村は優しく笑うと、繋いだ手をぎゅっと握ってそう聞いた。それにイチはしれっとした顔で「休みの日だから、甘えられるだけ甘えてるだけ」と答える。
「何それ、可愛い。めっちゃ久しぶりに月曜が憂鬱になりそう」
「はは。ブルーマンデーは滅多にないん?」
「なんだかんだ楽しんでるからね。今の仕事も」
 そんなやりとりをしているうちに、駐車場に着いた。すると珍しく未央が外へ出ていて、二人に気付くと「あーっ!」と叫んだ。
「昼間っから、往来でラブラブしてる!」
「往来でラブラブって! 手繋いでただけだろ……」
「ふふ、羨ましいですか?」
 イチは慌てて手を離そうとしたのだが、佐村は益益ますます力を込めて握ったから諦めた。それから彼に挑発されてぶうぶう文句を言っている未央に「で、何してんの? 暑いのに」と聞いた。
「ん、さっき落とし物したってお客さんから電話あってさ。探したんだけど見つかんなくて」
「ええ? 何落としたん……」
「イヤリング片方……」
「ええっ。割とめんどいもん落としたな」
 貴重品の落とし物はただでさえ厄介なのに、イヤリングなど小さな物は見つかりにくいし、そもそも思い違いの場合もある。そして、諦め切れない客がクレーマーになることもたまにあって面倒なのだ。
「探すの、手伝いますよ。イチは中に入ってて」
「わ、分かった……でも二人とも熱中症に気を付けてな。俺に言われたくないだろうけど」
「イチも根詰め﹅﹅﹅過ぎないように!」
「はあい」
 佐村が注意したのに素直に返事をすると、イチは家の中へ入った……。

 それからリビングへ行き、祖父と並んでソファに掛けノートパソコンを広げた。バラエティー番組がかかっていたが全く興味はない。脚本家のくせに芸能情報にうとくて、出演者の多くが誰か分からないのだ。作品に人気俳優を使えるほどの知名度は(ムラケンにも)無いから、知り合う機会も無いし——ただ、無名時代に出演してもらった俳優が、数年後そこそこメジャーになったことが一度あった。

「二人とも、まだ探してんのかな?」
 ふと顔を上げて壁の時計を見たら、未央と佐村が落とし物の捜索を始めてから五十分くらい経っていて、本当に熱中症になってしまわないか心配になった。
「じーちゃん、ちょっと外見てくるわ……」
「だめだめ。外は暑いんだから、電話しなさい」
「分かった……」
 佐村がしっかり頼んであるのだろう、駐車場へ様子を見に行こうとしたら祖父に止められた。本当に看守みたいだな、と思いながらスマホを取り出し電話を掛けた。
『もしもし?』
「あ、蒼士? まだ落とし物見つかんないの……」
『あ、うん。そうなんだけど、落としたお客さんが来られて……』
「え、そうなんだ。俺も行こうか?」
『ううん、大丈夫。高校の同級生の子だから……』
「はっ!?」
『ごめん、もう少ししたら中入るから待ってて』
 佐村はそう言うと通話を切ってしまった。彼の後ろで未央と話す声がしたので、落とし主の客は女性だと分かった。
「高校の同級生って……大阪か?」
 佐村は大阪の高校に通っていたはずだ。Tには大阪の人間もよく来るから不思議ではないが、イチはなんとなく嫌な感じだな、と思い、それから「嫉妬しっとぶかぎるやろ!」と自分で自分に突っ込んだ。

「あっちー! アイスアイス! ◯テン棒アイス食わんとやってられんわ!」
 十分くらいして玄関のドアが開き、未央がそう叫ぶのが聞こえた。それに佐村がはははと笑っている。
「蒼士、未央!」
「あっ兄ちゃん! ◯テン棒アイス貰っても良い? 俺結構食っちゃって、あと二本くらいしか残ってないんだけど」
「ええ、いつの間に!!」
 お気に入りのアイスの残量を聞いて思わず叫んでしまってから、気を取り直すとリビングへ上がってきた未央と佐村に尋ねた。
「落とし物のお客さんはどうなったん?」
「イヤリングはまた別のとこ探してみるって。それよりも、佐村さんと話し込んじゃってさあ。同級生だって」
 引き出しタイプの冷凍庫を開けながら、未央が口を尖らせて答えた。それに佐村は苦笑して「卒業式以来だったからね」と言う。
「へえ……まあ、良かった? けど」
 トラブルにはならずに済んだのは良かったから、イチはそう言った。話し込んでいたという同級生の女性のことは気になったが、夜部屋に戻った時でいいや、と思って何も聞かなかった……。

 夕食は佐村が実家のキッチンで作り、未央と一緒に食べた。献立こんだては野菜たっぷり・肉たっぷりの冷しゃぶ﹅﹅﹅﹅サラダで、思わずぱくぱく食べてしまった。もちろん肉食男子の佐村と未央はもっとがっついていたが、二人とも食欲があるのを喜んでくれた。
 そうして夜の九時過ぎになり、佐村の部屋に戻った。未央は早めに帰したから、営業終了まではリビングに居たのである。
「タワシちゃーん」
 部屋に入ると佐村は上機嫌で愛ハリネズミのケージを見に行った。カバーをめくると中を覗き込み、「よしよし、全部食べてる」と呟いた。
「あのさ、落とし物のお客さんって……」
「ああ、守谷もりたにさんっていうんだけど、高校で三年間同じクラスだったんだ。文系特進とくしん(※特別進学コース)の……」
「蒼士も特進とくしんだったんだ? こう見えて実は俺も……」
「そうなんだ!」
「まあ進学しなかったんですけどね」
「でも脚本家になったじゃん!」
 そんなやりとりをして、ハッとしたイチは咳払いして話を戻した。
「その守谷さん? こっちに住んでるの?」
「うん。Fグランの近くに住んでるんだって。元旦那さんがこっちの人だったらしいよ」
「え、離婚してるん?」
「そうみたい」
 そう聞いて、イチはふうん、と思った……。

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