#273【連載小説】Forget me Blue【画像付き】
結局、祖父のスマホの顔認証はイチが手伝って設定し直した。けれども何度も失敗した——(立体的に形を記録する為)顔を上下左右に動かしたり、ぐるぐる回したりすると祖父は力んでしまうから、どうしても顰めっ面になるのだ。だからイチは「はいリラックスー」等と声掛けをする羽目になった(その様子は物凄くシュールだっただろう)。
そして午後六時半過ぎ、佐村が帰宅した。彼の分のもっさり粗挽きフランクもあると伝えてあったので、「もっさりもっさり〜」と歌いながら階段を上って来た。
「ねえ、これ、今食べても良い? ちゃんと晩ごはんも食べるから!」
「ぷっ、そう言うと思った。腹ぺこなんだろ? 食べちゃいなYO」
「やったー! 流石、イチは優しいんだYO」
手を洗ってキッチンに戻って来た佐村は、テーブルに並べてあるパンを見ると、手を合わせてそんな許可を求めたから笑って答えた。ふざけてラップ風の口調で言うと、彼も乗っかったのでくすくす笑う。
「おおっ、フランク、めっちゃ太いね! しかもパンの端から端まである……」
「ほらほら、早く食べてみなさい。めっちゃジューシーだぞ」
「わーい! いっただっきまーっす」
佐村は、パンが入っているビニル袋をガサガサ言わせながらそう言って、勧めると大口を開けて齧り付いた。すると直ぐに幸せそうな顔になった——イチは彼の隣に掛け、頬杖を突いてその様子を眺める。
「今日はどうだった? 社長に報告したん? 三好さんのこと」
「ああ、うん……」
ふと三好のことを思い出して尋ねると、佐村は浮かぬ顔になった(もっさり粗挽きフランクは早くも半分以上無くなっている)。だからおや、と思っていると、理由を話し始めた。
「やっぱり俺、社長には良く思われてないんだって……ちょっと落ち込んじゃった」
「ええ、何言われたん?」
娘の香織を袖にしたのだし、良く思われていないのは仕方が無いのかも知れない。けれども、佐村は一度もそんな話をしたことが無かったから、イチはドキドキした。矢張り、自分のせいで彼は肩身が狭い思いをしている……。
「まあ、警察の人と同じだよ。俺が三好さんにモーション掛けたんだろって遠回しに言われた」
「酷いな……」
「『イケメン税ってやつかもねー』とも言ってたよ」
「ええ……」
イチは社長の市川とは暫く話していないが、子どもの頃から「剽軽な工場のおっちゃん」というイメージだったので、そんな嫌味を言うとは意外だった。警察を呼ぶ程の被害が出ているのに——これでは、三好の会社に働き掛けてはくれないだろう。
「困ったな……」
「仕方無いよ。溝口さんにしっかり被害届出して貰って、警察が動くか本人が諦めるまで自衛するしか無い……」
「そうだけど……」
佐村は真面目な顔でそう言って、粗挽きフランクの最後の一口を口へ放り込んだ。それから、イチが眉を寄せて腹を撫でているのに気付くと、にこっと笑って「晩ごはん、何が食べたい?」と聞いた……。
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【会社員×両性具有の管理人】寂れた商店街の一角にある駐車場の管理人であるイチは、ある日訪れた時間貸しの客、佐村と出会いすぐに惹かれていく。しかしどこか陰のある彼には悲しい過去があって——。
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