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#42【1記事¥100】Forget me Blue 【連載小説】

【会社員×両性具有の管理人】寂れた商店街の一角にある駐車場の管理人であるイチは、ある日訪れた時間貸しの客、佐村さむらと出会いすぐに惹かれていく。しかしどこか陰のある彼には悲しい過去があって——。

 卵と聞いてイチは窓のそばへ行こうとしたが、佐村が鋭い声で「駄目!」と制止したのでびくっとした。彼は握っていた杓文字しゃもじを置くと、祖父に「お祖父様、すみません。カーテン閉めて頂けますか」と頼んだ。それを聞いてイチはようやく何が起こったのか理解した。
「まさか三好さんが……?」
「そうだと思う。ひょっとしたらカメラに映ってるかも……確認して来るよ」
「お、おう」
 佐村は険しい表情でそう言い、イチはぞっとした。一方、カーテンをきっちり閉めた祖父は振り返り、眉を寄せて「投げてぐに逃げたのかも知れねぇ。俺が見た時には誰も居なかったぞ」と言った。すると、佐村が「とにかく、映像見て来ます」と応えて階段を下りて行った。
「卵投げとか……態態わざわざ買って来たんかな」
 近くにはスーパーが無いから、コンビニで購入したのだろう。しかし、恨みを買ったかも知れないと話していたが、こんなにも早く実力行使をするとは——次は何をされるか分からない。震える手で腹を撫でていると、佐村が階段を上って来たので、イチは振り返り「何か映ってた?」と尋ねた。
「映ってたけど、後ろ姿なんだよね……でも、三好さんだったよ」
「そっか……」
 佐村の答えを聞いてイチは肩を落としたが、これで証拠が出来たな、と思った。それは佐村も同じようで、「そこの交番に電話するね」と言って電話を掛け始めた。イチ達の商店街の南に架かるR橋の北詰きたづめにはR橋交番がある。
ぐに来てくれるって」
「そっか。やっぱカメラ付けたのは良かったな。父ちゃんに感謝だ」
「本当、夜なのに結構鮮明に映っててびっくりしたよ。流石、最新機種は違うね……」
 通話を終えた佐村は相変わらず険しい顔をしていたが、真新しいカメラの性能にはすっかり感心しているから、ちょっとおかしかった。すると、ピンポン、とインターホンが鳴り、「中央署でーす」と言う警察官の声がした——電話してから二分も掛からなかった。急いで階段を下りて行った佐村が応対し、ぐに制服姿の警察官が二人入って来た。
「知ってる人なんですか?」
「はい、会社の取引先の社員さんで……」
「最初に声を掛けられたのが、先週の水曜?」
 結局、イチも受付へ下りて行き、二人で事情を聞かれた。警察官はメモを取りながら様様な質問をしたが、付き纏っているのが若い女性でまだ一週間ちょっとしか続いていないこともあり、深刻には受け止めていない様子だ。けれども、今度被害に遭ったら交番に電話するのではなく、さま百十番通報するように指示した。それから、毎日家の周りを巡回して、三好を見掛けたら職務質問をした上でイチ達に連絡すると約束して帰って行った。
「まあ、今の時点で出来ることは全部したよな……」
「そうだね。でも、絶対俺のことも疑ってたよね、あの二人……」
「まあ、あの人らは疑うのが仕事みたいなモンだからな……でも、理不尽だよな」
 警察官達が帰った時には午後八時を過ぎていたから、イチ達はすっかり草臥くたびれてリビングへ戻った。熱熱あつあつだった半平はんぺんのじゃが芋チーズ焼きと、鶏の照り焼きはすっかり冷めてしまっている——それを見たイチは悲しくなってため息を吐いたが、佐村はにこっとして「ああ、腹ぺこだ! チンしてもきっと美味しいよ!」と言った……。

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