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#283【連載小説】Forget me Blue【画像付き】

「皆が見てる前だったし、社長も『大変だな』って同情してくれたよ。当たり前だけど向こうの会社にも伝わるから、少しは過ごし易くなると思う……」
「三好さんは処分されるんかな?」
「無断欠勤もしてるし、何かしらの処分はあるだろうね。その後はどうなるか分からないけど……」
「どっちにしろ、しばらくは警戒するしか無いな。こういうのって終わりが見えないから参るな」
「うん……」
 翌朝、キッチンに立つ佐村とそんなやりとりをした。彼は味噌みそしるに入れる豆腐を切っていて、イチは昨日と同じように魚焼きグリルの受け皿に水と片栗粉を入れた(今日はさばの塩焼き)。
「あ、そうそう。今日は美容院の予約を入れなきゃ」
「お、そういやちょっと伸びてるな。いつものとこにするん?」
「うん……他のとこ探してる暇無いし。多分年明けになるね」
「良いんじゃない。でも、写真は遠慮して貰った方が良いな。不特定多数に見られて何かあったら困る」
「まあ、元元もともと顔出しはしてないんだけど……用心するのに越したこと無いね」
 そんなやりとりをして、イチと佐村は同時にふうとため息を吐いた。若い女の子でもないのに、不審者に気を付けなければならないとは、矢張やはりイケメンをやるのも大変だ。
「そういやサムさん、誕生日プレゼントだけど……」
「あっ、リクエスト聞かなきゃいけないんだった。今度は何が欲しい?」
 ふと思い出して話を切り出すと、お玉を手にした佐村は目を見開いた。パーカーのことを話す前にリクエストを尋ねられたから、イチはうーんとうなって腕組みをし、少し考えてから口を開いた。
「サムさんの真似まねして、概念﹅﹅にしよっかな」
「ええ、概念? 何か怖いな……」
「何だよそれ! 自分は思い切り恥ずかしいのリクエストした癖……やべっ」
 佐村は自分のことを棚に上げて怯えているから、イチは眉を寄せて突っ込んだ。しかし祖父に聞こえると思って慌てて口を押さえる。すると佐村がくすくす笑ったので、「もうっ」と言って脇腹を小突いた。
「じゃあ、フォトストリートモリの時みたいな、三揃みつぞろいのスーツ着てデートしてよ。そんで、真っ赤な薔薇ばらの花束をプレゼントして……」
「ブッ」
 半分冗談だったがそんなリクエストをすると、佐村は真っ赤になって噴いた。けれども不意にパッと目を輝かせて、「じゃあ、イチも可愛いワンピ着るんだよね!?」と聞いたから、イチはうっとうめいた。
「そりゃ、サムさんに釣り合う服装しなきゃいけないけど……」
「じゃあ、二人でレストランに行こうね。どこ予約するか早めに決めないと」
「れ、レストラン……」
 思い切り墓穴を掘ったと知り、イチは青褪あおざめた。すると佐村は「あっ」と声を上げたので、びくっとして「何だよ!?」と叫ぶ。
「婚姻届も準備しなきゃいけないね! 俺、ご当地デザインのが良いと思ってて……」
「ええ、ご当地デザイン?」
「うん。各自治体がオリジナルのデザインを無料提供してるんだよ。ホームページからダウンロード出来る……」
「へええ」
「でも、残念ながらTは作ってないんだよね、オリジナルの。だからデザインが可愛いのを選びたいんだ!」
「ふうん、良いんじゃねぇ?」
「『良いんじゃねぇ?』じゃなくて、一緒にどれが良いか見ようよ! 俺は熊本県のく◯モンのハートのトマト柄に目を付けてるんだけど……」
「お、おお、ハートのトマト柄……。分かった、検索してみるわ」
「お願いね!」
 イチが頷くと、佐村は満面の笑みを浮かべて鍋の中へ味噌みそを溶かし入れた……。

真っ赤な薔薇ばら

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【会社員×両性具有の管理人】寂れた商店街の一角にある駐車場の管理人であるイチは、ある日訪れた時間貸しの客、佐村さむらと出会いすぐに惹かれていく。しかしどこか陰のある彼には悲しい過去があって——。

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3,528字

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