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#136【連載小説】Forget me Blue【続きは¥100で販売中】

【会社員×両性具有の管理人】寂れた商店街の一角にある駐車場の管理人であるイチは、ある日訪れた時間貸しの客、佐村さむらと出会いすぐに惹かれていく。しかしどこか陰のある彼には悲しい過去があって——。

 結局、山田にはリビングのソファまで一を連れて行って貰った(危ないのでイチではなく祖父が手伝った)。彼はペー太を見るとなつかしそうな顔をしたから、居なくなった愛鳥をまだ探しているのか聞いたら、「もう諦めました」と答えて悲しそうに笑った。
「とにかく水分とらんと……」
 イチは麦茶をガラスコップに注ぐと一のもとへ運んだ。けれどもぐーすかいびきをかいていて、揺さぶっても起きないから困った。
 不安になって、スマホのラ◯ンアプリを起動すると佐村宛てのメッセージを入力した。
『父ちゃん帰って来たんだけど、間違えて酒入りアイス食って倒れてる。病院連れて行った方がいいかな?』
『ええっ、大丈夫!? 今帰ってるよ!』
 数秒経たずに既読になって、そう返ってきたからホッとした。そして、いつの間にか自分たち家族はすっかり佐村を頼りにしているな、と思った。

「うーん、このまま起きなかったらヤバい……」
 スマホで急性アルコール中毒﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅の症状を調べたら、該当するものもあったので焦った。アルコールの血中濃度を下げるためにやはり水分をとる必要があるから、「父ちゃん! 起きて!」と声を掛けて揺さぶる。
 その時、玄関のドアが開く音がして、佐村が「イチ! 一さんの具合どう!?」と叫ぶのが聞こえた。
「救急車呼ぼうか迷ってる……」
「ええっ」
 階段を駆け上って来た佐村にそう言ったら、すぐにスマホを取り出した。しかしその時、ソファで「うーん……」とうなる声がした。
「父ちゃん!?」
「ん〜……いっちゃん、なんか飲むもん……」
「良かったぁ!」
 ゆっくり起き上がってそう言った一に駆け寄ると、ローテーブルの上に置いてあった麦茶を渡した。ビジネスリュックを背負ったままの佐村もホッとした表情で「良かった……」と呟いている。
「父ちゃん、レミーチョコのアイス食べたって……」
「うん……山田先生は?」
「さっき帰ったよ」
「パパ、乗せて貰ってるうちに眠くなっちゃって……。ちゃんとお礼しなきゃいけないな」
 眠っていた、というよりも軽度の意識障害を起こしていたはずだが、とにかく今ははっきりしゃべっているので安心した……。

 騒ぎが一段落ついて、イチはキッチンに立っている佐村の後ろでダイニングチェアに掛けていた。今日の献立こんだては天ぷらそうめんで、佐村は包丁でカボチャやナスを切っている。
 一はしばらく前に「ご飯出来たら起こしてね」と言って三階の自室で横になった。イチは食欲があるなら大丈夫そうだな、と思って安心した。
「ナス天楽しみ。めんつゆとの相性が最高過ぎる」
「唐揚げも作るから、いっぱい食べてね」
「唐揚げ! サムさんの塩麹しおこうじ唐揚げ美味いんだよなぁ」
「ふふ」
 イチがそう言うと、佐村は嬉しそうに笑った。塩麹しおこうじにすりおろしニンニク、生姜しょうがを加えて揉み込んだ鶏もも肉に片栗粉と薄力粉をまぶし、からっと揚げたサムさんの唐揚げ﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅は、売り物に出来るレベルで美味しい——伊達だてにたくさん食べ比べていない。
「なんか、聡一も肉食男子になりそうな気がする」
「はは。たくさん食べて大きくなって欲しいね」
 腹をでながら呟くと、佐村は優しく笑ってそう応えた……。

「へえ、凄い偶然だね」
「うん。めっちゃびっくりしたわ」
 出来上がった天ぷらそうめんを食べながら、山田が一の同僚で送ってくれたのだと話したら、佐村は目を丸くした。すると、ご機嫌でそうめんをすすっていた一が言う。
「山田先生、キンカチョウ飼ってたなんて知らなかったよ。あんまり自分のこと話さないんだよね。すごく良い子だけど」
「へえ、そうなんだ。いくつなの?」
「まだ採用二年目だったかな。ストレートだと思うから、二十四歳?」
「へえ……」
 思ったより若いんだな、とイチは思った。ぼっちゃんりだし、確かに幼い雰囲気である。
「ピヨ助ちゃん、結局見つからなかったんだね……」
 しょんぼりした佐村がそう言って、イチは「そういやピヨ助って名前だったな、居なくなった子」と応えてから「よく覚えてたな!」と言って感心した。
「なんか、ペットの名前だけは忘れないんだよね。取引先の人の犬の名前とかも覚えてる」
「さすが動物マニア……」
「人の名前だってちゃんと覚えてるよ!」
 そう付け加えた佐村がえっへん、と胸を張ったので、イチははしを置くとパチパチ拍手してあげた……。

 水曜の朝、イチは歯を磨きながら、早起きして朝食を作っている佐村に尋ねた。
「そういや、今年のシルバーウィークっていつからだっけ?」
「来週の土曜からだよ」
「あー、んで日、月、火、と」
「うん」
 せっかくの連休だが、どこにも行けないのだからあまり関係無い。そして四日とも未央に受付を頼むのは可哀想だな、と思った。けれども例の公園でイベントもあるだろうし、忙しくなるはずだ。祖父に頼むのは気が引ける。
「でも流石に、大学生から休みを奪い過ぎやろ……」
 思わずそう呟くと、菜箸さいばしでフライパンの巻かないだし巻き卵﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅をかき混ぜていた佐村が「え?」と言って振り返った。
「いや、シルバーウィーク、未央に全部頼むのも可哀想だなって……」
「ああ、そうだね……」
「やっぱ俺が……」
「ダメだよ!」
 最後まで言い終えないうちに止められて、イチはやっぱり、とため息を吐いた。
「しゃーない、環境整えてじーちゃんに頑張って貰おうか……」
「うんうん、そうしよう。お祖父様が快適に過ごせるよう、新兵器を投入しても良いし……」
「新兵器って何よ」
 パソコンでテレビを観られるようにしたり、クッションでチェアの座り心地を良くしたり、ポットのお茶と茶菓子を置く以外に何かあるのか、と聞いたら、「何か便利グッズ!」という大雑把おおざっぱな返答があった。
「便利グッズねえ……」
 そう呟いてから、イチはお得意のスマホ検索をした。「デスクワーク 便利グッズ」などと検索エンジンにキーワードを入力する。
「オットマンとか? 普通に足置き」
「それなら家にあるもので代用出来るよね」
「うん。普通にその辺の台とか……。よし、これは採用しよう」
 そんなやりとりをして、もっと良いものは無いかと更に調べる。
「んー、これ良いな。パソコンテーブル」
「パソコンテーブル?」
「脚の角度が調節出来て、ブックスタンドみたいに使えるんだよ。じーちゃん新聞とか雑誌読むし……」
 そう説明しながら、脚の関節が三百六十度回転して好きな角度に調節出来るパソコンテーブルの写真を見せた。これなら、チェアに掛けたまま読書するのも楽だ。
「俺のチェア、リクライニングも出来るし。これ良いんじゃね?」
「うんうん。リビングでも使えるしね」
 佐村も賛成して、祖父にプレゼントすることになった……。

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