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#39【1記事¥100】Forget me Blue 【連載小説】

【会社員×両性具有の管理人】寂れた商店街の一角にある駐車場の管理人であるイチは、ある日訪れた時間貸しの客、佐村さむらと出会いすぐに惹かれていく。しかしどこか陰のある彼には悲しい過去があって——。

 パワーウィンドウを下げた運転手に「お電話した佐藤です」と名乗ったイチは、車に乗り込むと「レンタルサロン・オズまでお願いします。県庁の向かいの結婚式場のとこの。近くてすみません」と告げた。すると運転手は「はいはい」と応えてドアを閉めた——タクシーに乗り慣れていないから、後から乗り込んだ未央はもう少しで自分で閉めそうになった。それから車が発進して、彼が勢い良く尋ねる。
「で、ストーカーに狙われてるって、どういうこと!?」
「水曜の朝に、駐車場の前でサムさん見送って振り返ったら、真後ろに居たんだよ」
「真後ろに居たって、ストーカーが!? めっちゃヤベェじゃん……」
「うん。サムさんに確認したら、前にスマホ見られたかも知れない、客先の社員の女の子だった。しかも去り際に『赤ちゃん、元気に生まれて来ると良いですね』って言われたんだよ」
「ヒェッ」
 三好の台詞ぜりふを伝えると、未央は小さく悲鳴を上げて青褪あおざめた。イチ本人よりも余程よほど怯えている——けれどもぐに眉を寄せると「警察に行こう!」と言った。
「いや、一応まだ何もされてないし……それに父ちゃんが監視カメラ付けるって。業者に頼んで本格的なやつ」
「なら良い? けど。でも、本当に何かあってからじゃ遅いし、絶対に一人で外に出ちゃ駄目だよ! 兄ちゃん!」
「うん、分かったよ……」
 未央にまで釘を刺されて、これでは当分外出出来そうにないな、と思ってうんざりしたが、イチは素直に頷いた。皆に心配を掛けてはいけない。
 そうして六分も走ったら目的地に到着し、QRキューアールコード決済の「ポイポイ」で料金を支払って降車した(最近はどのタクシー会社も対応していて便利だ)。レンタルサロン・オズが付属している結婚式場は「ザ・アトランティス・ハーバー」という名前で、レストランや宴会場としても営業している——向こう岸の県庁前ヨットハーバー「ケンチョピア」と同じで前の河岸には沢山のヨットが係留されており、三角屋根の建物の周りにはワシントンヤシが何本も植わっていて、T市内にあるとは思えない程リゾート風のお洒落しゃれな外観だ。目当ての貸衣装店は建物の西側の一角にあり、玄関横のショーウィンドウには薄いパープルのカクテルドレスがディスプレイされていて、イチは少しドキドキした。
「このドレス、兄ちゃんが着たら可愛いだろうね! そのうちドレスの写真も撮るんでしょ?」
「こんなの、似合う訳無いだろ! 第一小さ過ぎる……まあ、ドレスは着るかもだけど」
 玄関ドアを開けながら未央がそう言って、イチは眉を寄せて何度も首を横に振った。確かに、佐村にドレスを着ても良いよと言ったが、こんな風に肩を出したデザインのものは着たくない——そういうのは、本物の女性﹅﹅﹅﹅﹅でないと似合わないと思っていた。
「いらっしゃいませ」
「三時に来店予約していた佐藤です」
「佐藤様ですね、ようこそいらっしゃいました。ワンピースをご希望でしたね」
「はい。見ての通り腹が大きいので、エーラインのゆったりしたの希望なんですが……後、出来ればフリルとレースが付いたやつ」
「に……姉ちゃん﹅﹅﹅﹅は色が白いので、寒色系が良いかな! それで、丈はミニか膝丈にして下さい」
「ちょっ……」
かしこまりました。では、奥へどうぞ」
 店に入るなり、しっとりした雰囲気の四十代くらいの美しい女性店員に迎えられて、イチは思い切り気後れした。けれども勇気を出して希望を述べると、未央が慣れた様子で追加の注文をした。そして「姉ちゃんは色が白い」と口走ったので、イチは内心「余計なことを言うな!」と叫んだ。けれども、店員はにっこりして二人を奥のソファへ案内した。
「おお、巨大なウォークインクローゼットって感じだな……」
 結婚指輪を購入したジュエリーショップマエダと似たような応接セットのベンチソファに腰を下ろすと、続きの部屋にぎっしり衣装が掛けられたラックが幾つも見えた。壁は全て鏡になっており、どこに立っても全身を確認出来るようになっている。そして奥にも部屋があるようだから、本当に沢山の衣装が用意されているのだと分かる。
「さっきのワンピはアイボリーだから、青とか紺とか、ちょっとはっきりした印象のにしても良いかもね。花柄とかでも良いし……とびきり清楚せいそな感じが良いな」
「おいおい、それってサムさんが心配した通り、お前の好み﹅﹅﹅﹅﹅なんじゃ……」
 未央はうきうきとデザインの希望を口にして、イチは佐村の反応が心配になってそう言った。けれども弟は「大丈夫だって! 少なくともフリルとレースが付いてれば、佐村さんは満足するんだから!」と請け合ったから、首を傾げながらも「そうか……?」と応える。
 その時、席を外していた店員が衣装を手に戻って来た。
「まずはお勧めのものを三着持って参りましたので、鏡の前で合わせてみて下さい。気に入ったものがあれば試着していただけます」
「おお……」
 店員がテーブルの上に広げたのは、シンプルなペールブルーのチュールワンピースと、白にシルバーのビーズで花のモチーフがあしらわれたシフォンワンピース、それから紺の地に大きめの花柄が全体にプリントされていて、ラウンドカラーでややカジュアルな印象の、前ボタンのウエスト切り替えワンピースだった。どのワンピースも襟や袖、裾にレースやフリルが付いていて、どちらか、または両方の条件を満たしている。
「これ……普通っぽくて良いな」
「おっ、兄ちゃんにしては﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅良いの選んだね。これ、凄く似合うと思うよ。正にさっき言ってた紺の花柄だし」
「一言余計だな!」
 未央の言葉に眉を寄せて叫ぶと、店員がくすくす笑った。だからイチはやや赤くなり、紺のワンピースを手に取って立ち上がると鏡の前に行って合わせてみた。
「良いね! 裾からちらっと白のフリルが見えてるの、可愛い」
「でもレースが付いてないぞ」
 背後に立っている未央は満面の笑みを浮かべ、サムズアップしてそう言ったが、イチは首を傾げて応えた。すると彼は「可愛けりゃ何でも良いの!」と言ったので、「おい!」と突っ込む。これでは矢張やはり、未央の好みのものを選んでしまいそうだ。
「こちら、フリル袖になっておりまして脇が見えるので、ボレロを羽織はおられるのも良いですよ。レースのものもありますし」
「おお、それなら条件が揃うな」
成程なるほど〜」
 二人の会話を聞いていた店員がそう言い、さっと総レースの白のボレロを取り出した。イチは流石だな、と内心呟きながらそれを受け取り、ワンピースの上に重ねてみた。確かによく合うし、これなら佐村も納得しそうだな、と思った。けれどもぐに決めてしまうのもどうかと思ったので、手にしているワンピースを試着した後、他にも色色見せて貰うことにした……。

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