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#129【連載小説】Forget me Blue【試し読み53万文字】

【会社員×両性具有の管理人】寂れた商店街の一角にある駐車場の管理人であるイチは、ある日訪れた時間貸しの客、佐村さむらと出会いすぐに惹かれていく。しかしどこか陰のある彼には悲しい過去があって——。

 T駅コレメントプラザの営業時間は夜八時までだが、地下一階の飲食街だけは十一時まで営業している。県外や海外からの観光客を主なターゲットにしていて、同じフロアに土産物専門店も入っている。
「ししゃもキャット! ししゃもキャットはどこなのよ!」
 駅構内から地下へ向かって続くエスカレーターを降りるなり、辺りをきょろきょろ見回したムラケンがそう言って、イチはすぐそばにある土産物専門店「のみんT」を指し「ししゃもキャットなら、この店がTで一番品数多いぞ」と教えた。するとムラケンは店の入り口の自動ドアに向かってバタバタ走って行って、それを見た佐村が首を傾げて「もしかしてもう飲んでるの?」と尋ねたから、イチは黙って首を横に振った。

「ししゃもキャットの抱き枕買ってこいって頼まれてて。通販でも買えるんだけど、送料が八百八十円もするから……」
「ああ、美帆ちゃん?」
 店の奥にあるTの人気ゆるキャラ「ししゃもキャット」の棚に直行したムラケンが言ったのに尋ねると、眉を寄せてこっくり頷いた。一番上の段にディスプレイされている抱き枕は全長百三十センチもあり、東京まで持ち帰るのは大変そうである。
「ムラケン、これと一緒に東京帰るんか? 道中めっちゃ目立ちそう……」
 イチがそう言うと、ムラケンはヘラヘラ笑って「イケメンだから大丈夫」と答えたので「そうだけど……」と渋渋しぶしぶ同意する。すると聞いていた佐村がうんうん頷いて口を開いた。
「俺のことイケメンって言ってくれましたけど、ムラケンさんこそ凄いイケメンですよね! イチから聞いたんですけど、昔は俳優もされてたって……」
「いやあ、やってたのは端役はやく端役はやくでしたからぁ。戦隊モノのオーディションで最終審査まで残ったのが俳優人生のハイライト……」
「わあ、凄い!」
 佐村はいつものように素直に感心したから、ムラケンはかえって恥ずかしそうになると「じゃあちょっとお会計してきますぅ」と言ってししゃもキャットの抱き枕を抱えレジに向かった。それを見送りながら、まさかこの後食事する間もししゃもキャットを連れているつもりなのか、とイチは驚いたが、この店は八時には閉店してしまうので仕方がない。
「いやあ、まさかこの四人で飲むことになるとは」
「ししゃもキャットを頭数に入れんなよ!」
 会計を済ませた後、入る袋がなかったので抱き枕をそのまま抱えているムラケンがそう言って、イチは思い切り突っ込んだ。すると佐村がくすくす笑って「ししゃもキャットはやっぱりししゃも食べるのかな」と言ったので、「共食いやんけ!」とまた突っ込む。
 そうして三人は土産物店を出ると、そばにある「居酒屋ドン」に入った。この飲食街「T駅横丁」はそれぞれのテナントがカウンターを構えていて、客席は手前のスツールといくつかある小さなテーブル席である。店舗の間には簡単な間仕切まじきりしか無いから、気軽に梯子はしござけ出来る雰囲気が売りだ。
「さあて、何飲もっかな〜」
 席に着くなりメニューブックを広げたムラケンがそう言った。すると佐村が「イチだけお酒飲めないね……」と残念そうに言ったので、「まあまあ、気にせずに楽しんでよ」と応えた。
「そういや、そうなのよね。妊婦は酒飲めねえもんな」
 二人のやりとりを聞いて、今思い出したという様子でムラケンが言った。それに苦笑すると、「元元もともとそこまで飲むの好きじゃないし」と言う。
「教えて貰った時は驚き過ぎてて言うの忘れてたけど、改めて……。おめでとう、イチ、佐村さん」
 不意に改まった態度になったムラケンに祝福されて、びっくりしたけれどイチと佐村は笑顔で「ありがとう」と礼を言った。するとムラケンは「いつ生まれるん? 赤ちゃん」と聞いた。
「えっと、予定日は来年の三月十五日……」
「おお、そうなんか。じゃあ、そのつもりで頼む仕事も調整していかんと……」
「うん。産んだ後はしばらく請けられないと思う……。残念だけど」
 しょんぼりと肩を落としたイチがそう言うと、ムラケンも残念そうな表情になり、さらに佐村まで悲しそうな顔になった。そうして数秒間その場に沈黙が落ちたが、いち早く復活したムラケンがメニューブックを見て「じゃあ俺、すだちハイボール頼もっと」と言った。
「あ、俺も同じのにします。イチは?」
「ジンジャーエールにしよっかな」
 それぞれ一杯目を頼んだから、今度は料理を選ぶ。
「ここはにくしが人気なんだって。俺は食べられないけど……」
「おお、にくしか……頼んでみよっかな。佐村さんはどうする?」
「良いですね。でも俺はにく豆腐どうふに惹かれちゃう……」
 そんな会話をして、イチボのにくしににく豆腐どうふ、それからA黒毛和牛のあぶ寿司ずしを頼んだ。和牛の寿司は三貫で千円近くするが、酒を飲めない代わりにイチが食べる。
「それでムラケンさん、イチの昔話ですけど……」
 料理を待っている間、早速供された飲み物で乾杯をした。すると佐村がムラケンにそんな催促をして、忘れていなかったのか、とイチは顔を顰めた。
「ああ、何編から聞きたい? メンヘラ編、ぼっち編、引きこもり編……」
「ひでーのばっかだな!」
 ふざけて言うのに突っ込んで苦笑した。けれども大体合っているので仕方がない。
「うーん……一番気になるのはメンヘラ編かな! 今でもイチは引きこもり気味だし……」
「おい!」
 佐村までそんなことを言って、また突っ込む。イチが眉を寄せていたら、ムラケンが「かしこまりー」と言って話し始める。
「まあ、今思えば性別のこととか、こいつも悩んでたんだろうって分かるけど。俺は知らなかったし、家庭環境のことかな、とか勝手に想像してたわ」
「ふむふむ」
 ムラケンが言うように、学生時代、イチが悶悶もんもんとしていた理由にはもちろん両親が離婚したこともあった。けれども性別のことが一番大きな原因で、「皆と違っている」ということが苦しくて周囲に馴染なじむことが出来なかった。
「こいつ、割と勉強出来るんだよ。でもあんましゃべんなくてさ。俺はとりあえずクラス全員に声掛ける主義だったんで」
「マジで誰にでもとつ(※突撃)してたよなー」
「だって、クラスのメンバーは全員把握しときたいじゃん? もしかしたらスゲー奴が居るかもしんないし……」
「流石監督、人脈作りに貪欲だったんですね」
 佐村が感心して言うと、ムラケンはうんうん頷いて「そのお陰でこいつを発掘することが出来たのよ」と言って親指でイチを指す。
「当時はスマホ無かったし、休み時間にずーっとガラケーぽちぽちしてるけど、メールにしちゃ長いし……と思って後ろから覗いてみたら」
 その時のことを思い出して、イチはくすくす笑った。その頃流行っていた携帯小説を書いていたのだけれど、真後ろにムラケンが立っているのにイチはしばらく気づかなかったのだ——『へえ、面白いじゃん』と言われて振り返った時には、既に大分読まれた後だった。
「そしたらさ、『何見てんだし!』とかめっちゃ怒るの」
「いや、普通怒るだろ……」
「しかもその時書いてた小説のタイトルが『暗闇にちる』」
「そこまでバラすなよ!」
 黒歴史を暴露されたイチは真っ赤になったが、佐村は真面目な顔で「面白そうだなあ。読んでみたい!」と言ったので「やめて!」と叫んで頭を抱えた。
「俺はまあ、あんま暗い作品は好みじゃないんだけど。でも才能あると思ってさ。当時からオリジナルの映像撮りたいな、とも思ってたから、無理矢理読ませて貰うようになったわけ」
 スポーツが得意で見た目も良く、クラスの中心人物だったムラケンがイチの作品に興味を持つとは思えなかったから、最初は揶揄からかわれているのだと思った。けれども押し切られて作品を見せたら真面目に感想をくれたので、それから少しずつ仲良くなった。そして高校二年の途中からイチは学校を休みがちになったのだが、ムラケンは率先して休みの間のプリントを家に持ってきてくれたり、ノートを見せてくれたりした。
「へえ、なんか良いなあ、そういうの。イチを少しずつ攻略するなんて……」
 口を尖らせた佐村がそう言って、イチは顔を顰めると「攻略って!」と突っ込んだ。するとニヤッとしたムラケンが「二人はどんな風に出会ったん?」と尋ねる。
「蒼士がT旅行してた時に、たまたまうちの駐車場に来て……」
 希のことは伏せて佐村との出会いを簡単に話したら、佐村が少し顔を赤らめて言う。
「イチの方から好きになってくれたけど、今思えば会った瞬間に『この人なら何でも受け入れてくれそうだな』って思ったんです。図図ずうずうしい話だけど……」
「ブッ」
 いきなり惚気のろけられるとは思わなかったのか、イチと同時にムラケンまで噴いた。二人で顔を真っ赤にしていると、ようやく頼んでいた料理が運ばれてきた。
「まあでも、分かるよ。こいつ、メンヘラってた当時から優しかったし。俺の中ではいやし担当だったなー」
 店員が去った後ムラケンがそう言って、「いただきます」と手を合わせると「イチボのにくし」をぱくっと口に入れた。
「いやん、まいう〜」
 頬に手を当ててそう言い、身をよじらせた彼を見てイチと佐村はくすくす笑った。それからそれぞれの料理に箸をつける——佐村のにく豆腐どうふには豆腐とうふが見えないくらい肉が載っていて、青ネギもたっぷりトッピングされており出汁をきかせた甘辛い味付けだ。
「イチのお寿司の肉、めっちゃ分厚いね! 流石和牛……」
 にく豆腐どうふにがっつきながら、目をきらきらと輝かせた佐村がそう言ったから、イチはくすくす笑うと「一貫あげようか?」と申し出た。
「良いの!?」
「うん。めっちゃ食べたそうだし……」
「わーい!」
 子どもみたいに喜ぶのを見て笑っていたら、頬杖ほおづえをついたムラケンが「お熱いですなあ」と呟いたので、イチと佐村は二人そろってぽっと頬を染めた……。

「うぇーい! 佐村さん、もう一軒行っとく!?」
 結局、「居酒屋ドン」には三時間くらい滞在して、たくさん飲んだムラケンは完全に酔っ払っていた。一方、佐村はイチを気にして控えていたからほろ酔いである。
「いえ、残念ですけど、イチはもう寝なきゃいけないんで……」
 苦笑した佐村がそう断ったのに、「俺は子どもかい!」と突っ込む。するとムラケンは「ちぇー」と言って口を尖らせ、三番町商店街の歩道をふらふら歩きながら尋ねた。
「そーいやさ、ヒカちゃん元気にしてるぅー?」
「ヒカル? おう、相変わらずだよ。来月には二人目が生まれる……」
 ムラケンはヒカルとも馴染なじみで、高校時代はイチ抜きで遊ぶこともよくあった(イチはもっていたからあまり出掛けなかった)。
「二人目ぇ!? あいつ、いくつだっけ?」
「え、二十八? 九? 誕生日は十月だけど……」
 この年になったら、友人や家族の年齢はおろか自分の年齢も時時ときどき分からなくなる。イチが首を傾げて答えると、ぎゃははと笑ったムラケンが「生き急いでんなあ!」と叫んだので、顔を顰めて「生き急ぐって!」と突っ込む。
「じゃあ今からヒカちゃんに会いに行っちゃいましょー!」
「おいおい、もう九時過ぎてるし、やめろよ……」
 うぇーい! とまた叫んだムラケンがそんなことを言い出して、イチは慌てて止めようとした。けれども彼は「だーめ! 次いつ帰って来れるか分かんないんだしぃー」と言ったから、うっとうめく。
「どうしよう……とりあえず、ヒカルにラ◯ン入れとくか」
 信号待ちをしている間、イチはスマホを取り出すとヒカル宛てのメッセージを入力し始めた。
『ムラケンが帰って来てて、会いに行くって言ってるんだけど、今大丈夫か?』
 読んでくれるかどうか分からないな、と思って心配していると、案外すぐに既読になり数秒後『りょ』と返って来たのでほっとした。歩行者用信号が青になって、抱えているししゃもキャットと共にふらふらと横断歩道を渡り始めたムラケンに「ヒカル、オッケーだって!」と声を掛ける。
「ヒカちゃ〜ん! ヒカちゃ〜ん! アイラ〜ビュ〜!」
「ここから叫んでも聞こえねえって」
 大声で叫んでいるムラケンを、道ゆく人が迷惑そうに振り返っている。イチも本当に迷惑な酔っ払いだな、と思って後を追っていたら、佐村が小声で「ムラケンさん転んじゃうかもしれないし、イチはそばに行かないでね」と注意した……。

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