#279【連載小説】Forget me Blue【画像付き】
「サムさんのクリスマスケーキ」は程無く完成して、佐村が持って来た白い大皿に載せられ食卓の真ん中に置かれた。ケーキの中央には大粒のアラザンで水瓶座が描かれており、縁にもぐるりと飾り付けられている。他には絞り出したクリームをデコレーションしただけでシンプルな仕上がりだが、却って美味しそうだった。
「さあさあ、写真も撮ったし、入刀、入刀ですぞお〜」
「ちゃんとケーキナイフも温めましたよ! それでは、佐村蒼士、切っりまーっす!」
「名乗る必要ある?」
満面の笑みを浮かべてそう言った佐村にイチは冷静に突っ込んだが、とてもワクワクしていた。せっかく綺麗にデコレーションした側から切り分けるのは勿体無い気もするが、一刻も早く味わいたい。
「おお、流石佐村さん、慣れてるね。いっちゃんのママはそんなに上手に切れなかったよ。毎回スポンジがボロボロになって……」
「えへへ、食い意地が張ってるので慣れてるんです。しょっちゅう自分で作って食べてましたから」
佐村はケーキに包丁を通し終える度、キッチンペーパーで綺麗にクリームを拭き取った。長いケーキナイフを使っているから、包丁で切るときのように押して引くのではなく、道具自体の重みで切るようにする——見ていた一が感心すると、佐村は照れ臭そうに笑ってそう言った。
「あ、俺、カフェオレ淹れるわ。ケーキにヴェルチっていうのもアレやろ」
「ありがとう! でも、先にケーキ食べないと溶けちゃうよ」
「それもそうやな。じゃあ食べてからにするわ」
そんな風にイチとやりとりした佐村が席に着くと、再び未央が音頭をとって「メリクリー! いただきまあす」と声を揃えて挨拶した。それから、それぞれケーキにフォークを突き刺した——三十秒位の間、皆無言でもぐもぐ咀嚼していたが、イチがぽつりと「美味ぇ……」と言ったのを皮切りに、口口に「うまーい!」「美味ぇな!」「凄い、プロの味だ!」と褒めた。
「えへへ……只のチョコレートケーキなんですけどね。お褒めに預かり光栄です」
「何だろう、優しくて愛情の籠もった味がするね。クリームにコクがあるし、スポンジもふわふわ」
「佐村さんは兄ちゃんのこと、めっちゃ愛してるかんね! 初めて一緒に過ごすクリスマスだし、特別気合いが入ってるんだよ、おっちゃん!」
「ブッ」
一が感想を言うと何故だか未央が誇らしげに応えて、イチと佐村は揃って噴いた。それから耳まで赤くなっていると、目を細めた祖父が言う。
「来年はそうちゃんも一緒にクリスマス、やれんだなぁ。楽しみで仕方無ぇや」
「そうだね。未だに信じられないよ、この私に孫が出来るなんて……」
「それ、どういう意味? 父ちゃん」
「そうちゃんが生まれたら、バイトしてクリスマスプレゼントも誕生日プレゼントも奮発しないと! 最初は何が欲しいか聞いても分かんないけどぉ」
「おお、ありがとな、未央叔父ちゃん……いや、みおじちゃん」
「へへっ! 前に言ったの、覚えてくれてたんだ」
いつか、未央が聡一に呼んで貰うと話していたニックネームを思い出してイチがそう言ったら、未央はぽっと頬を染めて応えた。すると、やや目を潤ませた佐村が口を開く。
「俺、とっても幸せです……今。でも、来年はもっと幸せになれるなんて、信じられないです」
「おおう、どうしたサムさん、薮からステックに!」
(既にケーキを殆ど平らげた)佐村は、震える声でそう言うなりぐすぐす泣き始めたから、イチは素っ頓狂な声を上げた。すると、向かいに座っている一が眼鏡を外して服の袖で顔を拭ったので、「父ちゃんも泣いてんの!?」と叫ぶ。
「全く、泣き虫ばっかだなぁ、未央ちゃん」
「本当だよ! 俺なんて今年も来年も再来年もボッチクリスマスなのに、泣くの我慢してんだよ!」
「何で再来年までボッチ確定してんだよ」
イチは未央の言い草に眉を寄せて突っ込んだが、くすっと笑うと大きな腹を撫で、「そうちゃん、ママ頑張るから、無事に生まれてみんなをもっと嬉し泣きさせてやろうな」と言った……。
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【会社員×両性具有の管理人】寂れた商店街の一角にある駐車場の管理人であるイチは、ある日訪れた時間貸しの客、佐村と出会いすぐに惹かれていく。しかしどこか陰のある彼には悲しい過去があって——。
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