#269【連載小説】Forget me Blue【画像付き】
ガブちゃんは個展に掛かり切りなので、翌日の絵画教室は休みだった。そして年末に突入するから、来週も休みだ——佐村の仕事納めはその翌日の二十八日である。
「イチ、ギズモ、おはよう……」
「うう、おはよう……」
暗い部屋に午前六時のアラームが鳴り響き、二人は掠れ声で挨拶を交わした。それからうーんと伸びをすると、ごそごそと布団を抜け出す。暖房を効かせているから部屋の中は寒くないが、トイレに行こうと廊下へ出たイチはぶるっと身を震わせた。
「溝口さん達が来るまでに、何品位作れるかな! 腕がバッキバキに鳴っちゃうよ!」
「バッキバキに鳴るのは、凝ってるんじゃ……」
佐村の言い様に、イチはコーヒー豆を取り出しながら突っ込んだが、直ぐにふふっと笑った。彼は鼻歌を歌いながら、昨晩下拵えをしておいた味噌汁に入れる豆腐を包丁で切っている——いつも通りだが、幸せな朝の光景だ。
「ああ、スコッチエッグが食べたいな! 急遽お品書きに追加しよう」
「スコッチエッグ? 確かに美味いけど、久し振りだな」
「パーティーだし、ラタトゥイユ風ソースで煮込んじゃおうかな!」
「ラタトゥイユ?」
聞いたことはあるが、いまいちどんな料理か分からずに首を傾げると、例によって佐村が説明する。
「南フランスのニースの郷土料理だよ! 簡単に言うと夏野菜の煮込みで、玉葱とかナスとかピーマン、それからズッキーニとかを使うんだよ。でもあくまでラタトゥイユ風だし、何でも好きな野菜入れて良いんだ」
「ほほう。じゃあ何入れる?」
「アプリのレシピでは赤パプリカを使ってるから、それは入れるとして……案外、人参とかじゃが芋とか大根とか入れても美味しいかも! 最早別の料理になるけど」
「確かにそれはそれで美味そう」
「昨日は買い出しに行けなかったから、ご飯食べたらSのハ◯ーズ(※二十四時間スーパー)行って来るよ」
「りょ」
イチは佐村の言葉にこっくり頷くと、ゴリゴリと派手な音を立ててコーヒーミルのハンドルを回し始めた……。
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【会社員×両性具有の管理人】寂れた商店街の一角にある駐車場の管理人であるイチは、ある日訪れた時間貸しの客、佐村と出会いすぐに惹かれていく。しかしどこか陰のある彼には悲しい過去があって——。
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