#123【連載小説】Forget me Blue【試し読み53万文字】
【会社員×両性具有の管理人】寂れた商店街の一角にある駐車場の管理人であるイチは、ある日訪れた時間貸しの客、佐村と出会いすぐに惹かれていく。しかしどこか陰のある彼には悲しい過去があって——。
それから百円均一ショップとカプセルトイコーナーをぶらぶらして、一階のバブルワッフル屋に戻った。
「うーん、どれにしようかなあ。やっぱり王道のチョコバナナかなあ」
「私、全部は食べられないかも……」
「じゃあ半分こする? 俺も腹いっぱいだし……」
そんな相談をして、イチは溝口とワッフルを半分ずつ食べることにした。
「わあ、見た目可愛いね! 二人のクリームいちご」
やっぱり佐村はチョコバナナ味を選び、イチと溝口はクリームいちご味を選んだ。バブルワッフルの生地は二枚のプレートで挟んで焼かれ、一枚に三十個ちょっとの球が付いていて分厚い。佐村はサクサクの生地に早速齧り付いていて、イチはくすくす笑うと溝口に「先に食べて良いよ」と言った。
「ふう、流石に俺もちょっと苦しいかも……」
「はは、意外にボリュームあったよなあ、ワッフル。俺も苦しい……」
「イチさんが多めに食べてくれて助かりました……それでも苦しいくらい」
結局溝口は半分も食べることが出来なくて、多めに残したのをイチが食べた。もちろん佐村は全部食べたが、腹を撫でながらやや苦しそうにしているので、言わんこっちゃない、と苦笑した。
「じゃあ、S行くか」
「うん! 楽しみだなあ、指輪……」
Tで唯一のデパートSはT駅の向かいにあり、目指しているジュエリー売り場は二階にある。同じフロアで高級ブランド化粧品やバッグも売られているから、店内に入るなり香水の良い香りがした。
「俺、指輪のこととか全然詳しくないし、まだ調べてないんだけど……」
「ああ、大丈夫だよ。細かいことは店員さんに聞けば良いし……」
佐村がそう答えたのに、結婚してたんだし当たり前だよな、とイチは心の中で呟いた。ほんの少し胸がちくっとしたが、希に纏わる諸諸の問題は二人の間で解決済みである——多分。
「ずっと嵌めてるならアレルギーとか心配かも……」
「ああ、金属アレルギーですか?」
「うん。俺の家族、みんなアレルギー体質だからな……」
「へえ、そうなんだ。俺はアレルギー無いよ」
イチと溝口が話しているのに佐村がそう言うと、溝口が「ええっ、花粉症もないんですか!?」と驚いた。それにこっくり頷いた佐村を見て溝口は「羨ましい……」と呟く。
「はは。蒼士ってめちゃくちゃ健康優良児だよな。体強過ぎ……」
「そうだけど、そのせいで学校も部活も全然休めなかったんだよ。仕事だって……まあ、基本的に毎日楽しいから良いんだけど」
そんな会話をしながら、ショーケースの中を覗き込んだ。するとすぐにきれいな女性店員が近づいてきて「何かお探しですか?」と聞いた。恥ずかしくてイチが言い淀むと、佐村がにこっとして「結婚指輪です」と答えた。そうしたら店員は彼と溝口の顔を見比べて「結婚指輪でしたら、カタログからもご注文頂けますが、ご覧になりますか?」と尋ねたので、イチは真っ赤になった——外見から、佐村のパートナーだと思って貰えないのは当たり前だと分かっていたが、やっぱりショックだった。
その時、佐村がイチの手を握って「じゃあ、見せて貰えますか?」と言ったので、びっくりするのと同時に少しだけ泣きそうになった……。
「うーん。色色悩むねえ」
カタログで様様な指輪を見た後、ショーケースに展示されていたものも試着してみたが当然すぐには決めることが出来ないので、また専門店にも見に行こうと相談して、三人はジュエリー売り場を後にした。
「安っぽいからアレだけど、ステンレス素材が一番アレルギー出ないんだよな……」
「へえ、そうなんだ。詳しいね」
「十代の頃、ピアスあけようかな、と思って調べたことがあるんだよ……」
「えっ!? イチ、ピアスしてたの!?」
佐村と指輪について話していて何気なくそう言ったら、彼はイチの耳を見ながら声を上げたので苦笑する。
「いや、だからあけようと思っただけで、結局勇気が出なくてやめたんだよ」
「私もピアスずっと気になってるんですけど、やっぱり穴あけるの怖くて……」
「そうだよな。ピアッサーでやるなら一瞬で痛くないって言うけど……」
溝口とイチのやりとりに、佐村がぶるっと体を震わせながら「想像しただけでも痛い!」と叫んだので、あははと笑う。
「アクセサリーと言えば、イチさんのブレスレット、可愛いですね。細くてきらきらしてて……」
溝口がそう言って、流石女の子はよく気がつくな、と思ってイチは感心した。そして佐村が透かさず「俺がプレゼントしたんです」と応えると、溝口は「やっぱり」と言った。
「イチさんと佐村さん、本当に幸せいっぱいですね。見てる方も嬉しくなっちゃうくらい」
「はは。今が一番良い時かもな……」
「何言ってんの。聡一も生まれるし、これからもっと良いことたくさんあるよ」
思わず漏らした一言に口を尖らせた佐村がそう言って、イチはやっぱりずっとこの人と一緒に居たいな、と思った。昔は辛いことがたくさんあったから、イチはついつい幸せは長続きしないと思ってしまう。けれども真っ直ぐな佐村はたとえそうであったとしても、イチの手を引いて前へ進んでくれるだろう……。
それからエスカレーターを上って七階まで行き、文房具や雑貨、食料品の他に衣類や電化製品、家具などの自社ブランド商品を販売している「有印良品」に立ち寄った。店に入ってすぐの場所に子ども服のコーナーがあったので、イチは思わず足を止めた。
「わあ、可愛いね。動物の柄のTシャツ……」
「なんだこれ、絶滅危惧種のシリーズ?」
佐村が白地に色鮮やかな動物のイラストがプリントされている子ども用Tシャツを一枚手に取って、イチは棚に近づくと商品説明を読んだ。
「パンダがあるよ! パンダ」
「はは。蒼士、パンダ好きだよな。南京町でもパンダパンダ言ってたし……」
「私はナマケモノが良いなあ」
溝口がイチの隣でナマケモノ柄のTシャツを見ながらそう言ったのに、くすくす笑う。するとサイズを確認した佐村が「ベビーは八十サイズからだね。何ヶ月くらいから着れるんだろう?」と言ったので、腕組みしたイチは「うーん……」と唸って首を傾げた。
「まずは肌着から揃えなきゃいけないから、こういうのはまだ先だな……」
「とか言ってたら、あっという間に大きくなるんだよね、赤ちゃんって」
「はは。確かに」
「でも、イチさんと佐村さんの赤ちゃんって、きっとすごく可愛いでしょうね。私も楽しみ……」
「えっ」
溝口が何気なく言ったのに、イチは訳もなく赤くなった。すると佐村が「イチに似たら絶対可愛いよね」と言ったので、内心「逆だろ」と突っ込む。
「あ、マシュマロチョコだ! これ、美味しいんだよね」
「また食いもん見つけてる……」
菓子売り場に差し掛かった時、佐村が目敏くチョコレートをマシュマロで包んだ菓子を見つけたのにイチは呆れた。すると溝口が少しきょろきょろしてから手に取った商品を見せて言う。
「私はこのレーズンチョコ、大好きなんです。ヨーグルト味の……」
「ああ、それ美味しいよな。あとこれも……」
溝口が手にしているチョコレートの隣にある、乾燥いちごをホワイトチョコレートで包んだものを指さして言うと、佐村が「イチ、そんな可愛いもの好きなんだ」と言ったので「可愛いって! う、美味いからだし」と吃りながら応えた。すると、くすくす笑われたのでむすっとする。
そして結局、佐村はマシュマロとレーズンのチョコレートの他に、乾燥いちごのチョコレートまでレジに持って行ったので、流石に食べ過ぎなのではないか、とイチと溝口はやっぱり呆れた。ちなみに溝口もレーズンチョコレートを買っていて、イチは「めっちゃ開くノート」を一冊買った。これはその名の通り、綴じ方に工夫がしてあって一般的なノートよりも開きやすいのが特徴で、紙も上質で書きやすいので以前から愛用している。
「イチ、ノートに何書くの?」
「ああ、脚本の打ち合わせとかしてるときに、クライアントの要望とかと一緒にネタを書き出すんだよ。なんだかんだ、デジタルのメモより手っ取り早いし……」
「へえ」
「そういえば、イチさんって脚本家さんなんですよね! 素敵……」
「いや、そんな格好良いもんじゃないよ」
佐村と話していたら溝口が目を輝かせながらそう言って、イチは苦笑すると頭を振った。すると、佐村もにこにこして言う。
「俺も初めて聞いた時、クリエイティブな才能全然無いから羨ましいって言ったんだ! ゼロから何か作るのって、凄いと思うよ」
「そうですよね! 二次創作なら私もしたことありますけど、オリジナルはなかなか……」
そんな会話をしながらエスカレーターを上ると、大手の本屋「木の国屋書店」とこちらも大手生活雑貨店「リフト」の入居している八階に着いた。T駅前は寂れているとは言っても、このように一応、都会のそこそこの規模の駅前にあるのと同じ店が、小さいながらもちゃんと(?)揃っているのだ。
エスカレーターの正面には書店の新刊コーナーがあったので、三人はそれらをチェックした。佐村は本をよく読むから「あ、◯◯の新刊が出てる」と呟いている。
「イチさんはどんなの読むんですか?」
「うーん、ファンタジー寄りの時代物とか? でも、実はあんまり本読まないんだよな……」
「えーっ、意外」
イチの返事に溝口と佐村が揃って声を上げたので苦笑する。曲がり形にも文筆家を自称していると読書家だと思われることがよくあるが、イチの場合はそうでもない。
「活字中毒ではあるんだけど、他人の作品……小説ってあんまり読まないんだよな。読むとしても調べ物してるときの資料とかで……」
「俺は小説好きだよ。もちろんビジネス系も読むけど、つまんないからね」
「はは」
最近は忙しくしているからあまり見かけないが、佐村は前はよく文庫本を読んでいたな、とイチは思い出した。営業という仕事柄もあって、読書するのは習慣になっているのだろう。
「でも、紙の本って最近買わないなあ。買ってると、あっという間に部屋が狭くなっちゃいません? だから大体電子書籍で……」
溝口が言うのに、イチは確かに、と頷いた。そして、そう言えば佐村の部屋には本があまり無いのに気がついて尋ねると、読んだ端から古本屋に売っていると答えたので苦笑した。
それから隣合っているリフトに移動してまたぶらぶらした。とにかく様様な種類の文房具が揃っているが、イチはボールペン以外殆ど使わないので気になる商品はあまりない。
そしてレターセットやグリーティングカードのコーナーに差し掛かった時、佐村が「あっ」と声を上げたので振り返った。
「溝口さん、ハリネズミのレターセットがあるよ!」
「本当だ、可愛い!」
佐村が手に取っているのは、便箋にハリネズミが箔押しされているものでとてもきれいだった。溝口も目を輝かせて覗き込んでいるのを見て、微笑ましくなる。
「最近、ハリネズミグッズがたくさんあって嬉しいです。初代を飼い始めた頃はまだあんまりなくて……」
「でも、グッズがある割に本物飼ってる人って少ないよね。色んな人に会うけど、溝口さん以外知らないし……」
「まあ、シンプルな理由として触り辛いからでしょうね。針だらけだから……」
顔を顰めた溝口の言葉に、イチはぷっと噴き出した。しかし佐村は時折タワシちゃんを手袋を嵌めずに触っていて、初めて目にした時は驚いた。何でも、怒っていないときは針が寝ているので刺さらないらしい——もちろん、預かっていた時に思い切り手に刺さった苦い思い出があるから、イチはあれ以来タワシちゃんを触っていない。
それから更にフロアを進むと、シールやステッカーがたくさん並べられているコーナーに差し掛かった。すると、何かを見つけた佐村が声を上げる。
「あれって、もしかして大阪で未央さんと行ったステッカー屋さんの……」
「ああ、Aサイドベーグル?」
先ほど話題に上っていたハリネズミのステッカーを購入したステッカー専門店、「Aサイドベーグル」は全国のリフトなどにも商品を卸している。近づいて見ると、イチたちの持っているものは無かったが別のタイプのハリネズミのステッカーがあった。
「ステッカー、可愛いけど貼るところ、あんまり無いですよね……」
「うん。でもス◯バとかではりんごのパソコンに貼ってる人いるね」
溝口に佐村が応えたのに、イチは未央の根城のス◯ーバックスでもそんな光景をよく見掛けるな、と思い出した。イチも同じノートパソコンを持っているが、もちろん何も貼っていない。そもそも、佐村に勧められるまで持ち物にステッカーを貼る習慣が無かったのである。
「あ! イチ、T限定のご当地ステッカーがあるよ。A踊りとA尾鶏の……」
「はは、両方あるんだ」
「あと、アイラブTって書いてるやつもある! これ買おうかなあ」
「もうすっかりT県民だな」
佐村が手に取ったステッカーを見て、イチはこれからもずっと、彼と一緒にTで暮らしていけたらいいな、と思った……。
そして本当に佐村は「アイラブT」ステッカーを買って、今度はエレベーターで一気に二階まで下りた。二階のフロアは国道を横断する歩道橋へ直接繋がっているから、信号待ちをしないで商店街へ戻ることが出来る。
「そろそろ四時だね。っていうか暑いな……。ナイトマルシェ、始まってすぐには行かない方が良いかも。イチは特に気をつけないといけないから……」
デパートの玄関を出て、目の上に手で庇を作った佐村がそう言ったのに、溝口が「あ」と小さく声を上げて言う。
「そういえばイチさん、お具合良くなかったんですよね。忘れてました……。ちょっと休憩しないといけないですね」
「うん……」
それにイチは手術を受ける予定だったことを思い出して、やや暗い表情になった。ある程度覚悟は出来ているが、憂鬱なのに変わりはない。
「まあでも、良い気分転換になったよね。大体冷房が効いてるところだし、こんな風に近所をぶらぶらするだけなら、そんなに負担無いし……」
「なんだかんだ、街中に住んでるメリットだよな」
イチがそう応えると、佐村は「そうだね」と言って笑った。
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