【ショートショート】オブジェ
土建の里に侵入して三日たった。
この里に不審な動きがあると密告があったため、潜入捜査をしているのである。以前に部下を二人ほど送り込んだのだが、帰ってこなかった。そこで、捜査課長である私が自ら乗り込んできたというわけだ。どうやら独立を企てているという噂はホントのようである。
土木作業員のスタイルに身を包み、駅前を散策していると、奇妙なオブジェを見かけた。
人型の彫刻である。いや、彫刻ではないな。彫刻の形にタイルが貼り合わせてあるのだ。
なんだか見覚えがあるなーと思ったら、なんと、この体型は部下の田中ではないか。
私が愕然としてオブジェを見つめていると、その姿が不信感を与えたのであろう。警察官が近づいてきた。
私はなにげないふりをして歩み去った。
が、警官は離れない。むしろ、速度をあげて歩み寄ってくる。追いつかれた。
「おい、おまえ。なんであのオブジェを眺めていた」
「珍しいなと思いまして」
「あんなものは町中にいくらでもある。珍しくもなんともない」
「そ、そうですかね」
「あやしいやつだな。署まできてもらおう」
私はばっと飛び上がると、そのまま警官の頭をキックして、逃げようとした。もうひとりの警官がなにかを投げつけてきた。
私は懐から小刀を取り出すと、その物体を弾き返す。
かきん。
と、ずいぶん硬い音がした。手裏剣よりはいささかサイズが大きい。
地面におりて走り出す。
「敵だ。そいつはスパイだぞ」
警官がわめく。
町中の人々が、わっと私を取り囲んだ。
いっせいになにかを投げつけてくる。
子どもがわめいた。
「忍法タイル固め」
これは……タイルか。
私は多くのタイルを弾き飛ばしつつ逃げたが、下半身にはなかなか手が届かない。脚にペタペタとタイルが張り付いていく。板の裏にボンドでもついているのであろう。
だんだん動きが鈍くなってくる。
「くっ」
とうとう動けなくなってしまった。
土建の里の忍者たちは、職人肌だ。下から順番にキレイにタイルが全身を覆っていく。
顔だけを残して全身タイル張りになってしまった。
「きさま、どこからやってきた」
「そんなことが言えるか」
「じゃあ、永遠に黙ってもらおうか」
目も口も鼻もタイルで塞がれてしまった。
全身に力を入れてみるが、タイルはびくともしない。
「無念……」
私は自爆したが、それでもタイルはびくともしないのであった。
(了)
ここから先は
朗読用ショートショート
平日にショートショートを1編ずつ追加していきます。無料です。ご支援いただける場合はご購読いただけると励みになります。 朗読会や音声配信サー…
この記事が参加している募集
新作旧作まとめて、毎日1編ずつ「朗読用ショートショート」マガジンに追加しています。朗読に使いたい方、どうぞよろしくお願いします。