【ショートショート】魔球のゆくえ
とても小学生の試合とは思えなかった。
公園に併設された野球場の観客席にはびっしりとプロのスカウトが張り付いている。
いや、スカウトだけではなかった。プロ野球の実況をしているアナウンサーや解説者、はては現役の投手までありとあらゆる関係者が押しかけ、「入れない入れない」「オレに見せろ」と騒いでいるのだ。
取材のヘリコプターを出したテレビ局もあった。
みんなが注目しているのは、後藤達也くんという小学六年生の男の子だ。
常識外れの球を投げる子だった。
体の軸からして打者のほうを向いていない。あさっての方向にボールを投げる。ボールは長い軌跡を描き、最後に打者のほうへと襲いかかってくる。距離の長い急カーブなのだった。
球はほんのすこしストライクゾーンをかすり、キャッチャーのミットに収まる。
打てるわけがなかった。
いつも27球で試合は終わってしまう。後藤達也の所属するブルーエンジェルスは連戦連勝であった。
「なぜ、そんな球を投げることができるか」
と聞かれて、後藤くんは答えている。
「ボールだってなるべく長い間浮いているほうが楽しいんだよ」
ひょっとして幼少期だけの超能力ではないかと思われたが、後藤くんは中学校に入って、さらなる進化をとげた。
今度は、高くなげるようになったのだ。天空に向かった球は、バッターの直前で宙から落ちてくる。横にズレた球が急カーブしてミットに収まることもあった。どちらにしろ、ストライクゾーンをかするのは数センチにすぎず、バッターは棒立ちしているしかなかった。
高校生ともなると、世界中から見物者が集まってきた。「MAKYUU」という日本語が世界で通じるようになった。
この子を手に入れれば無敗のチームが作れる。
契約金の提示はうなぎ登りとなり、手の着けられない有様となった。それまで野球に関心のなかった中東の王族までがプロ野球チームを作ろうとする。
日本のドラフト会議は契約金の最大を一億円と申し合わせていたのをあわてて撤回した。アメリカのプロチームなどは百億円単位の申し出をしてくるし、オイルマネーはいったいいくら提示しているのか想像がつかないほどだった。年俸もさぞかしすごいことになるだろう。
しかし、後藤くんはお金にはあまり興味がなさそうだった。
大学へ進学してしまったのである。
突如として注目を浴びだしたのが大学野球で、テレビで生中継されるようになった。その分、割を食ったのが高校野球やプロ野球だ。テレビ中継さえなくなってしまい、人気は急カーブで落ち込んでしまった。
その後、大学野球ももとの低迷に戻り、次に社会人野球が人気を博したことはいうまでもない。
世の中が超絶魔球に飽きてしまうと、後藤くんはボールをもってふらっと旅に出た。彼のことだから、ボールに世界の景色を見せてあげたいと思ったのかもしれない。
(了)
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