【ショートショート】時刻表占い
私鉄駅からすこし歩いたところ、小さな階段の前に「時刻表占い」の看板が立っている。個人宅の二階を改造したような店だ。
敦子はその店のことが前々から気になっていたが、好きな人ができたのをきっかけに、占ってもらうことにした。
ちょっとドキドキしながら狭い階段を登る。
トントンとドアをノックすると、
「どうぞ」
という声が聞こえた。
中には年齢不詳の女性がいた。時節柄マスクはしているけれども、ほかにこれといって変わったところはない。部屋もとくに装飾されているわけではない。ただ、壁一面に大きな本棚があって、おおぶりな本がぎっしりと並べてあった。
「はじめての人じゃな」
「はい。桃園敦子と申します」
「私は鉄子という。なにを占ってほしいのかな」
「恋愛相談は大丈夫ですか」
「もちろん、大丈夫じゃ。相手のことがある程度わかっていればな」
「生年月日とか血液型とか、そういうことですか」
「その前にまず名前はわかるかな」
「はい。田中栄一です。栄えるに一の字です。青空大学社会学部の一年生です」
「ほうほう。わかった。では、次回までに田中栄一の時刻表を手に入れておこう。そうじゃな、一ヶ月ほどしたらまた来なさい」
そう簡単には占ってもらないらしい。そのかわり、料金も請求されなかった。
敦子は一ヶ月後にまた時刻表占いをたずねた。その間に、二人の間にはなんの進展もなかった。
鉄子さんはコホンと咳をした。
「桃園さん」
「はい」
「田中栄一くんのことが気になるわけじゃな。けれども、彼はあなたのことを気にしたことがない」
「そうです」
「それで将来のことじゃが」
敦子は息を飲んだ。
「それは将来になってみないとわからない」
体がガクッ、とつんのめった。なんだか、当たり前のことしか言わない人だな。
「しかしながら、恋愛というのは、会わないことには始まらないわけじゃ」
「そうですね」
鉄子さんは時刻表を開いた。
「これはな、彼の時刻表じゃ」
「えっ」
敦子はぐっと前のめりになった。
鉄子さんは時刻表をサッと手元に引き戻す。
「こらこら、覗き込むんじゃない。若い男性の時刻表など、ろくなことが書かれておらんからな。それで今日は一月の十二日じゃ」
「はい」
「ここまでは、ほら、このように、スケジュールが詳しく載っておる。次のページをめくると」
字が薄くなった。鉄子さんがページをめくるほどに字はどんどん薄く、かすれていく。
「未来のことは確定しておらんから、このようになるわけじゃ。現在までのページを読むかぎりでは、特定の彼女はいないようだから、まあ、桃園さんにも可能性はあるな」
鉄子さんははじめて前向きなことを言った。
それから、彼が出る授業の予定、学食に行く可能性、週末にひとりで映画を観に行きそうなことなどを敦子に教えた。
「とりあえず、話しかけることじゃ。学食でいっしょの席になるくらい難しくなかろう? そこで、映画の話でもしてごらん。誘ってもらえるかもしれんじゃろ」
なんだか恋愛占いというより恋愛指南だなと敦子は思ったが、リアルな情報をもらえるのはありがたい。
はじめて田中くんに声をかけ、映画に誘ってもらえるまでになった。
「田中栄一はずいぶん映画が好きみたいじゃな。週末はだいたい映画館に出かけておる」
「そうみたいですね」
「桃園も映画の勉強をするといいぞ」
「はい」
「田中はバイトの話はしたか」
「まだです」
「週に三回、家の近所のスーパーで働いておる。地道じゃな」
「あー、そうだったんですね」
「もうLINEの交換はしたか」
「まだです」
「そのくらいのことはちゃちゃっとせんか」
敦子は鉄子さんに叱咤激励され、いつの間にか田中栄一と付き合うようになっていた。一回の占い料は五千円だが、効果を考えると安い。敦子は一度、
「その時刻表、ゆずってもらえませんか」
と、意を決して申し入れたことがある。
鉄子さんはニヤニヤして、
「その必要はないじゃろ」
と言った。
「今月の六日に、田中は宝石店に行くじゃろう。プロポーズでも考えているのではないか」
あ、それなら、よけいその時刻表ほしいと思ったが、鉄子さんは首を振った。
「これは個人情報の塊じゃからな。さわらぬほうがよい。スマホの中身を覗かれるよりもっといやなことじゃぞ」
それはたしかにいやだと敦子も同意した。
「では、恋愛相談はこれをもって終わりじゃ。またなにか困ったことがあったら、来るがよい」
と鉄子さんは言って、田中栄一の時刻表をぱたりと閉じた。
(了)
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