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【ショートショート】内と外

 駅から下ってきた道にお屋敷がある。長く続くブロック塀には、ところどころに菱形の穴が空いている。
「はっはっはっ」
 という荒い息。
 ジャラジャラと鎖を引っ張る音。
 ブロック塀の向こう側になにかがいることは確かだ。
 覗き込んでも、なかはよく見えない。
 自分の家に帰る途中にこのブロック塀があるので、私はいつもなにものかの気配を感じつつ通り過ぎる。
 広い屋敷には、老夫婦が住んでいる。ご近所なのでその程度の情報は入ってくるが、彼らが犬の散歩をしている姿を見たことはない。
 私がブロック塀の途中で止まると、生き物の気配も止まる。お互いに探り合っている感じだ。
 向こうからしてみると、私が囚われの身であるように思えるのかもしれない。
 向こうにいるのは、たぶん犬だ。それも大型犬。仕事もせず、ご飯が出てくるのはいいよなあ。
「はっはっは」
 壁の向こうで声がする。
 私も、
「はっはっは」
 と喘いでみる。
 感情が同期し、私は一瞬にして、壁の内側を眺めていた。
 びっくりして自分の体を見た。大型犬だ。
 屋敷の中から主人が出てきた。
「また入れ替わりが起きたみたいですな」
「はっはっは」
「あなたの名前をお教えしましょう。ロッキーです」
「はっはっは」
「ここは自由ですぞ。ご飯は出てくるし、仕事はない。しばらく自由を満喫しなされ」
 というと、主人は屋敷に戻っていった。
 しまった。なんで犬になんか憬れちまったのかなあ。いろいろあっても私は人間がいいな。はやく誰か私に興味をもってくれる人が通りかからないかな。
「はっはっは」
 立ち上がって菱形の穴に目をつけたが、外はよく見えない。

(了)

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