【ショートショート】異星の人
「よっ」
と言って、息子が家の中に上がり込んできた。
ずいぶん久しぶりである。
そして、息子の後ろには見知らぬ若い女性が付いてきている。
つまり、婚約者の初顔見せというわけであった。
私の後ろでは妻が緊張している。
とりあえず、ソファに座ってもらった。
ふたりとも表面上は涼しげな顔つきであるが、やはり内心は緊張しているのか、背中に背負ったナップザックをそのままにして座っている。
そりゃ、緊張するよな。
私は自分のときのことを思い返した。
「荷物、置いたら?」
えっという表情を浮かべて、息子は私を見つめた。
「ああ、オレたちはこのままでいいから」
息子は彼女のことを私たちに紹介し、
「夏頃に結婚しようと思う」
と言った。彼女の名前は翔子さんというらしい。
結婚はいまや親の許諾を得なければいけないようなものではない。私たちはうなずき、
「どこで式をあげるの?」
と聞いた。
「まだ考えてないんだよなあ。お父さんたちはどこであげたの」
「私たちは教会だよ。お母さんの大学の教会を借りて式をあげた」
「ふーん。そういうのがあれば便利だなあ。安かったでしょ」
「思い切り安かった」
「オレもプロテスタントの大学に行っておけばよかったなあ」
ふたりは手をつないで帰って行った。
私がナップザック星人のことを知るのは、だいぶ時間がたってからのことである。
いつの間にか地球に居着いてしまった異星人で、地球人との差異はほんのすこししかない。背中の外骨格が大きく、ナップサックを背負っているように見える点である。
彼らは妊娠すると、背中で子どもを育てる。
一年後、翔子さんはパンパンに膨れ上がったナップザックを背負ってあらわれた。
「ご報告が遅くなって申し訳ありません」
「あらまあ。立派なナップザック」
と妻が言った。私たちももう、ナップザック星人の存在に慣れ始めていた。とはいえ、街中にはナップザックを背負った人が溢れているから、誰がナップザック星人かの見わけは容易にはつかない。
私たちだって外出時にはナップザックを背負っている。
やがて初孫が生まれた。
真っ赤な顔をした赤ん坊は、背中に小さなナップザックを背負っていた。
(了)
ここから先は
朗読用ショートショート
平日にショートショートを1編ずつ追加していきます。無料です。ご支援いただける場合はご購読いただけると励みになります。 朗読会や音声配信サー…
新作旧作まとめて、毎日1編ずつ「朗読用ショートショート」マガジンに追加しています。朗読に使いたい方、どうぞよろしくお願いします。