【ショートショート】送迎バス
「よろしくお願いしますね」
美春は、運転手さんに頭を下げた。
運転手の赤鬼は黙ってうなずいた。
「よっこらしょ」
といって、美子ばあちゃんがバスに乗り込んできた。小型のノンステップバスなので、乗り降りにさほどの苦労はしない。
今日は金曜日。デイサービスの日だ。
美子ばあちゃんは、年寄り扱いされるといって、あまりデイサービスを好んでいない。どこのデイサービスでも問題を起こすので、いまは毎週違うデイサービスに連れて行ってくれる「フリーデイサービスパック」を利用している。
お歌を歌いましょうと言われても歌わず、言葉ゲームをしましょうと言われても参加せず、習字をしましょうと言われたら硯を投げ、自分の好きなことだけして帰ってくる。
今日のデイサービスは「地獄の門」だ。
人間の寿命が延びてすっかり寂れてしまった地獄がはじめたデイサービスである。臨死体験ができるというのでけっこう人気がある。
バスは美子ばあちゃんの家の前を通っている道をまっすぐ行き、八百屋を左に、マクドナルドを右に折れた。
すると、賽の河原があらわれた。
「あら。こんなところに」
と美子ばあちゃんはびっくりした。
これなら散歩の範囲内だ。ぜひ、今度は自分で歩いてきてみよう。
水陸両用になっている送迎バスは、三途の川をばしゃばしゃと渡り、山道を登って地獄の入り口にたどり着いた。
「はい。ここまで」
と運転手の赤鬼は言った。
「あとは自由に観て回ってね。集合時間は3時半ですよ」
婆さん、爺さんたちが杖を振り回しながら、どっと地獄の門へと入っていった。
美子ばあちゃんは、ちょっとあたりをうろつこうと思って、広場を観て回った。土産屋に入ってみる。
地獄饅頭を売っていた。
「こんなところで土産屋をやって、客は来るもんかのう」
とばあちゃんが言うと、同い年くらいのじいさんがふふと笑う。
「最近はあんたらみたいな元気な人がちょくちょく来るからのう。なんか店を出さないかんということになって作ったのじゃ。饅頭を食べなさるか」
「いただきましょ」
長椅子に座ると、じいさんがお茶と地獄饅頭を持ってきた。
「うん。うまい」
「そりゃそうじゃ。ほんとの地獄饅頭ですからな」
と爺さんは言った。
「血の池地獄で作っているのかい」
「そうそう」
「じゃあ、ちょっと観てくることにしようかの」
美子ばあちゃんは地獄の門へと入っていった。
閻魔様がいた。暇そうだ。
「わしゃあ、やっぱり地獄行きかおの」
「お前は誰だ」
「田中美子ちゅうもんだ」
「ちょっと待っておれ」
閻魔様はぺらぺらと台帳をめくっていたが、残念そうな顔をして、
「お前さんの名前はないな。天国行きじゃ」
と言った。
「なんでじゃ。わしゃ、なーんもいいことをしとらんぞ」
「悪いこともしとらん。そういう人間は天国行きなのじゃ。取り決めで決まっておる」
美子ばあちゃんはちょっと残念そうな顔をして、血の池地獄や針地獄を見て回った。針地獄の中に入ってみたが、やはり痛かったので、天国行きでよかったのかもしれないと思った。
3時半になったので、みんなはバスの中に集合した。
赤鬼は、名前を読み上げ、うなずくとバスを発車させた。
送迎バスからおりて、美子ばあちゃんが家の中に入っていくと、息子の嫁である美春さんが、
「おかえりなさーい」
と言った。
「今日はどうでした?」
「ん。今日はよかった」
といって、美子ばあちゃんは庭に回り、賽の河原で石を積む練習を始めた。
(了)
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