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【ショートショート】前売り券

 前売り券といえば、ノルマである。
 オレは小さな劇団のしたっぱ団員なのだが、毎回30枚というちっぽけな枚数がなかなかはけない。ベテランの劇団員は平気で100枚とか200枚を売ってしまう。すごいものだ。
 恋人の美恵子に「観にきてくれよー」と泣きつく。
「できれば友達も誘ってさー」
「私が男の子と観に行ってもいいの」
 オレは悶えるが、背に腹は変えられない。
「いいよいいよ。男だろうが猫だろうがなんでもいい。とにかくチケットを買ってくれ」
「仕方ないわねえ。いくら?」
「1枚1500円。安いだろ?」
「面白ければね」
 面白ければ劇団はもっと大きくなっているよとオレは腹で思う。
「あなたはなんの役?」
「うん。一応、佐竹重三郎という役名はついているんだけどさあ。何をするのか、いまいちわからない」
「あなたの劇団、通行人Aにまでちゃんと名前つけるもんねえ」
「そうなんだよなあ」
 バイト先の友達にもお願いしてまわる。オレはバンドマンに目を付ける。
「今度、芝居に出るんだよ。頼むよ。観にきてくれ」
「いくらだい」
「1500円」
「バイトの時給より高いな」
「芝居小屋借りたり照明や音声入れたり小道具作ったり大変なんだよ。頼むよ。稽古場所だって金かかるんだ」
 オレは泣き言を言った。先輩からの受け売りだ。
「うーん。交通費もかかるし、バイト1日潰れるしなあ」
「おまえのバンドのライブも聴きにいくからさあ」
「ほんとかよ」
「マジマジ」
「じゃあ、行くよ」
 オレは考えた。あとは誰だ。いつも行く居酒屋のおやじさんくらいしか頼める人はいないなあ。
「ダメダメ。おれは店を離れられないから。そのかわり、お客さんを紹介してやる」
 とおやじさんは言って、常連さんを何人か紹介してくれた。
 いつも小洒落た帽子を被っている中年男性。
「なんの芝居だい」
「ええと、不条理劇ってやつでして、信じられないようなことがいろいろ起こります」
「とかいって、とうとう最後までなにも起きないんじゃないの」
 オレはドキッとした。たしかにそのパターンもあるのだ。座付作家は展開に困るとそういうことをする。
「いえいえいえ。うちの劇団は波瀾万丈が取り柄なんで」
 とりあえず来てくれさえすれば、あとは知ったことか。
「うーん。じゃあ、1枚もらおうかな。いや、2枚。家内も連れて行こう。女がみても大丈夫だよな」
「それはもう、老若男女、こどもさんからおばあちゃんまで誰が観ても安心安全な不条理劇です」
 皮膚が緑色の人。顔はヒキガエルに似ている。あきらかに人じゃない気がする。日本語通じるかな。
「あの」
「なんだね」
「オレ、いや、ぼく、芝居をするんです。観に来てくれませんか」
「しばい。しばいってなんだね」
 オレは考え込んだ。なんだろう。
「ええと、舞台というのがありまして、いろいろ人が出てきて、わーわー喋って、お話が展開して、終わります。楽しいです」
「ぶたい?」
「木でできた床です」
「ふむ。ぶたい。人が出てくる。わーわー喋る。楽しい。そうか。一度、観てみたいな」
「ありがとうございます! 1500円です」
 次の日、オレは稽古に出かけた。あいかわらず佐竹重三郎にはセリフがつかない。昨日の自分の「いろいろ人が出てきて、わーわー喋って楽しい」という言葉を思い出した。オレ、なにしてんだろうな。

(了)

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