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【ショートショート】呼び出し

「たっちゃん、電話だよ」
 私が喫茶店で仕事をしていると、マスターの携帯に電話がかかってきた。知り合いの編集者の山城さんだ。
 私はしばらく山城さんと打ち合わせをして、電話を切った。携帯をマスターに返し、
「いつもすみませんねえ」
 という。
「いや、別にいいけどね。珍しいよね。他人の携帯に電話させる人って」
「だって昔はよくあったじゃないですか。どこどこの喫茶店で仕事をしていると決めておいたら、そこに電話がかかってくることって」
「いったいつの話をしているんだい。それって昭和だよ」
「じつは私もスマホを持っていた時期もあったんですけどね。SNSにハマっちゃって、あっと言う間に中毒ですよ。仕事にもなんにもなりゃしない。仕方ないので、スマホもインターネットも解約しました」
「よくネットなしで仕事になるね」
「なんとかなるもんです」
 私は辞書と参考書だらけでずっしりと思いリュックをすこし持ち上げた。
 昼飯の時間になったので、近くのサイゼリアに行く。
 ここは電話を取り次いでくれないので、バイトのさっちゃんが出勤している日だけ行くことにしている。月、木、土だ。
「田中さん、お母さんからお電話」
 さっちゃんがやってきた。
 私はタラコのパスタと柔らか青豆の温サラダを喰いながら、電話に出た。
「あんたはまだスマホ買ってないのかい」
「うん」
「いまの人は誰だい」
「知り合いのバイトの子」
「まあ、そんな迷惑をかけて」
「それより用事はなに」
「来週末にお父さんと旅行に行くの。あんた、うちに来て猫の世話してくれない?」
「いいよ」
 私は電話を切って、ドリンクバーを追加した。お詫びのつもりだ。
 昼間はこうして二、三軒の店を渡り歩き、夜はアパートに戻る。夜に用事のある人は直接訪ねてくる。
「あんたに連絡をつけるのはホントに大変だな」
「すみませんねえ、旦那」
「急な用事でね」
「なんですか」
 突然、裏の職業である仕事人の依頼が入ってしまった。Twitterをしていて殺されそうになったのは、こちらの稼業である。私は急な依頼を快諾し、夜の街へ忍び出た。

(了)

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