【ショートショート】上流階級
日の暮れた道を歩いていると、無灯火の自転車にはねられた。
わたしはごろごろと転がり、自転車もこけた。
腰と腕を打った。痛みはあるが、骨は折れていないようだ。わたしはヨロヨロと立ち上がり、自転車に近づいていった。
向こうは年寄りらしく、まだ立ち上がっていない。
とはいえ、被害者はこちらである。
「危ないじゃないか」
と言った。
「なんじゃとっ」
わめき声が返ってきた。
「そんなところをうろうろと歩きおって。おまえらに道路を使う資格なんぞあるのかっ」
あるに決まっているではないか。
なんだこの爺さん。
助け起こす気持ちもなくなり、わたしは携帯を取り出して、警察に通報した。
「無灯火の自転車にひかれまして、ええ、すみません、すぐ来てください。そうです、駅から下った坂の中腹です」
私が携帯に向かって話していると、爺さんは、
「なにをしておる」
といいながら、起き上がってきた。
「警察に電話したよ」
「ふん。無駄なことを」
警官がやってきた。
「どうしました」
「この人が無灯火でぶつかってきたんですよ」
「あんたねえ」
「わしをあんた呼ばわりするなっ。わしは帝大出身の上流階級だぞ」
「帝大って?」
「ふん。帝大も知らんのか。東大だよ東大」
警官はアホらしいという表情を作って言った。
「本官も東大仏文科出身だ」
「なんだと。東大出身者がなぜ警官などやっておる」
「そんなのは勝手だろう」
「ま、まあ、いい。それならわかるだろう。この下郎が、なんと、東大出身者に文句をつけてくるのだ。許せんだろう?」
「悪いけどね、オレも東大なんだよ。哲学科出身」
東大がマンモス化して、もう何十年もたつ。私立大学がバタバタと倒産して、必然的に国立大学が肥大化したのだ。
街中で石を投げれば東大出に当たるという時代に、この爺さんはなにを勘違いしているのだろう。
爺さんはわれわれを憎々しげに睨んだ。
「わ、わしの時代はな、東大といえば、それそれはたいへんなもんだったんじゃ。わしは大蔵省に勤めたぞ!」
「ああ、悪いことばかりして解体されちゃった省庁ね」
「くっ、くそっ。東大出を粗末に扱うと祟りがあるぞ」
ねえよ、そんなもん。
自称、上流階級の爺さんは警官に逮捕されて、連れて行かれた。
爺さんによると上流階級に属するらしい私は、掛け持ちのバイト先に向かうため、よっこらしょと言って、歩き始めた。
(了)
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