見出し画像

【SS】送信人

 私は病室の片隅にひっそりと立っている。
 ベッドには痩せこけて骨と皮になった病人が寝ている。五十二、三歳の男性だ。
 家族らしき人、幼なじみらしき人が六人ほどでベッドを取り囲んでいる。まだ死の概念がわからない小さな子供もいる。孫だろうか。
 酸素マスクの下で男がなにか言った。
 ん?
「びわがたべたい」
 ろくなことを言わないな。あ、死んだ。
 私の出番だ。
 男の口から魂が浮き出てくる。すっと近づき、その塊を飲み込んだ。
 私は一種のフィルターだ。
 飲み込んだ魂がものすごい速度で体内を巡回しているのがわかる。通れない場所で折れ曲がり、折れ曲がり。
 そして、射出された。
 どこへ飛ばされたのか、私は知らない。死後にどんな世界があるのかも知らない。
 私はいわゆる昇天を経験していない。していないのに、毎日ひたすら他人を昇天させているのはお笑いぐさだ。
 びわの木の生えている場所だったらいいな、と私は遠ざかりつつある魂に呼びかけた。
 ま、そんなわけはないけどな。

(了)

ここから先は

2字
このマガジンに含まれているショートショートは無料で読めます。

朗読用ショートショート

¥500 / 月 初月無料

平日にショートショートを1編ずつ追加していきます。無料です。ご支援いただける場合はご購読いただけると励みになります。 朗読会や音声配信サー…

新作旧作まとめて、毎日1編ずつ「朗読用ショートショート」マガジンに追加しています。朗読に使いたい方、どうぞよろしくお願いします。