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【ショートショート】心電図

 田中は不眠症気味だ。夜遅く寝て朝早く目覚めてしまう。いつも眠い。
 歳をとると通院する病院が増えて困ると思いながら、南青山にあるメンタルヘルスの病院にやってきた。
「どうもー」
 と入り口の看護師さんに挨拶する。
 問診票を渡され、質問に答えて提出する。そのとき、血圧を測って、その数値も書き込む。
「あれ、血圧の測定器、新しくなりました?」
「わかりますよねー」
 と看護師さん。
 機械が一回り大きくなっているのだ。
 腕を差し込むと、看護師さんがやってきて、吸盤をいくつか田中の胸に装着した。
「これね、心電図もとれるんです」
「ははあ」
 なんでメンタルヘルスで心電図? と思わないでもなかったが、計測は数分で完了した。
「今度の機械は、医師のほうに自動的に数値が伝わりますので、記入は不要です」
「そうですか」
 田中は待合のソファに戻った。
 すぐに名前を呼ばれる。
「田中さん、どうぞ」
 田中は診察室のドアを開けて、
「こんにちはー」
 と言った。
「こんにちは。お席にどうぞ」
「はい」
「田中さん、さっそくですが、問診票に嘘を書くのはよくないですな」
「は?」
「異性に興味があるという項目があったでしょう。田中さん「ときどき」に◯をされていますが、心電図をみる限り、そうでもないですよ」
「ええー。心電図って、心拍を計るあれじゃないんですか」
「そんなもの、メンタルクリニックに置くわけないでしょう。心模様を映し出すんですよ。ウチの看護師に対して、あまり淫らな妄想を繰り広げないでいただきたい」
「いや、それはあの、いきなり服をめくったりするから。それより、心って心臓にあるんですか」
「心の臓器と書くくらいですからね」
「知らなかったなあ」
「じゃあ、この一ヶ月にあったことを教えてください」
 田中は喋り始めたが、いつものように適当に答えることができず、苦労した。なにがバレているか、わかったもんじゃない。
 診察を終えてソファで薬の処方や会計を待っていると、次の患者が部屋に入っていき、薄気味の悪い笑顔を浮かべて出てきた。
 なぜか、その患者のほうが田中より先に会計を済ませて出て行った。
 そのとたん、先生が診察室から慌てて飛び出してきて、看護師に言った。
「あいつは出禁だ。住所と名前はわかるんだろう? け、警察にも連絡しなさい。とんでもない奴だぞ」
 顔色が変わっていた。
 先生はいったいどんな心電図を見たのだろう。
 とても気になったが、先生はその内容を田中に教えてはくれなかった。

(了)

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