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【ショートショート】三十五番の薬

 処方箋をドラッグストアの薬剤部門に持っていくと、「三十五番」という予約番号をくれた。
 電光板には、「現在二十五分待ち」とある。
 いつもは十五分程度だから、ちょっと混雑している。それは受け渡し場所の反対側に設置されている長いソファ席が半分がた埋まっていることでもわかる。
 私はドラッグストアで買い物をした。洗濯のための洗剤と柔軟剤を買ったのである。いろいろ製品があって迷ってしまい、けっこうな時間を消費した。
 薬剤部門に戻ると、表示番号は二十九番まで進んでいた。もうすぐだろう。
 私はリュックを抱えてソファに座った。
 スマホを取り出し、漫然とSNSを眺める。
 こんなことをしてちゃいけないと思い、キンドルアプリを起動して小説を読むことにした。家では重たい紙の本を、外ではアマゾンで買った電子書籍を読んでいる。いまは「アメリカン・ブッダ」という短編集だ。作者は柴田勝家という嘘みたいな名前である。
 ひとつ読み終えて顔を上げると、表示番号が三十七番に変わっていた。
 呼ばれたのに気づかなかったのかと思ったが、その下にある「お待ちください」と書かれた番号リストに三十五番があった。処方に時間がかかる薬は後回しにされる場合がある。
 一包化をお願いしたから後回しにされたのだろうかと思い、また小説を読み始めた。
 名前を呼ばれないまま、短編を読み終えた。もう一時間は経過している。
 白衣を着た薬剤師がひとり近づいてきて、
「田中様」
 と私の名前を呼んだ。
「あ、はい。田中です」
「お待たせして、申し訳ありません。じつは三回ほど処方に失敗して、材料が足りなくなってしまいました。近隣の店から取り寄せておりますので、もうすこしお時間がかかります。よろしいでしょうか」
「失敗とは?」
「混ぜ合わせるときに爆発してしまいまして」
「爆発!」
「はい。慣れない新人が担当しましたもので、申し訳ありません」
「爆発したなら仕方ないですね」
 私は待ち続けることにした。
 短編集を読み終えてしまった。時計をみる。もう五時か。外から夕焼け小焼けの音楽が聞こえてくる。
 私は受付に聞きに行った。
「田中ですが、処方はまだでしょうか」
 ピンク色の制服を着たリーダーらしい女性が出てきた。
「申し訳ありません。いろいろトラブルがありまして、田中様のお薬はまだちょっと……」
「わかりました。では、食事をしてきます」
 私は外に出て、オムライスの専門店を見つけ、食事をした。ほんとなら食後に薬を飲まなければならないはずなのだが……。
 ドラッグストアの薬剤部門に戻ると、まだお待ちくださいのリストに三十五番が居座っていた。
 暇な私はいくら待っても構わないが、たしか薬剤部門は七時半には閉まってしまうのではなかったか。
 その旨、申し述べると、「店は閉めますが、田中さんのお薬だけは、薬剤師一同完徹してでも完成させる所存です!」と切羽詰まった返事が返ってきた。
 私も徹夜か……。
「田中様はこちらへどうぞ」
 店はとっくに閉まり、私は店員の休憩室だという小部屋に案内された。小さなベッドがある。
 今日はもう無理かも……私は睡魔に襲われつつ、そう思った。遠くから時折、どかんどかんと爆発音が聞こえてきた。
 翌朝。
 私が休憩室から出ると、薬剤室は半壊していた。あたりに白煙が漂っている。そんな中、
「バンザイ」
「できたー」
 と歓声が上がった。
「田中様っ。お薬できましたっ」
 私は会計で、千三百六十円を支払い、薬を受け取った。
 ビニール袋に一包化された二十八日分の薬。
 これ、ほんとに飲んでも大丈夫なやつだろうか?

(了)

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