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【ショートショート】山小屋

 南アルプスの某所にある山小屋。
 明らかに登山に慣れていないとみえる若者がぜいぜい言いながらたどり着いた。
「おうおう。お疲れじゃな」
「どうもお邪魔します。電話でご連絡した雨宮と申します」
「まずはゆっくりなされ」
「はあ。じつは私、電話でもすこしお話したように、不老不死というブログを運営しておりまして、全国の不老不死の方のもとを訪問しております」
「ほう。ワシが不老不死だと誰が言うておったのかな」
「ほんの偶然でございまして。知り合いに元山岳部の人がいるのですが、彼がいつ行っても歳を取らないように見える人がいると教えてくれました」
「それでわざわざ登ってきたのか。ご苦労なことじゃな」
「この山小屋にはいつ頃から?」
「さて。明和7年くらいのことであったかな」
「明和! 西暦でいうと、いつ頃ですか」
 雨宮という男はあきらかに興奮していた。
「1770年7月28日かな。この日、日本全国でオーロラが観測されてな。この異常気象は、ワシらが地球に飛来したことに端を発するものじゃった」
「ええ。するとあなたは地球外生物。つまり宇宙人」
「まあ、宇宙人といえば、地球人だってれっきとした宇宙人じゃがな」
「そりゃそうですね」
「それ以来、この山小屋に住み着いておる。というか、この山小屋はそのときに建てたものじゃ」
「なぜ、街ではなく、山だったのですか」
「そりゃあ、地球人のことを研究する時間がほしかったからな。最初は地球人の外形を真似て、次に精神構造を真似て、そうこうするうちに山小屋暮らしがすっかり気に入ってしまった」
「歳はとらないのですか」
「寿命の違いじゃな。ワシらは1000年くらい生きる」
「ははあ、そんなに。でも、不老不死というわけじゃないんですね」
「そうじゃな。いずれ死ぬ。その前には故郷に帰るつもりじゃが」
「ワシらとおっしゃっていましたが、全国に仲間がいるわけですね」
「いるよ。尼をしている者もいれば、老舗の女将もおる。鮨屋もいるな。いろいろじゃよ」
「平和な宇宙人なんですね」
「まあ、争いは好まん。ところで、このことはブログに書くのかな。あまり世間には知られたくないのじゃが」
「それはよくわかります。書きません。不老不死ではなかったわけですし」
「不老不死の人間なんておるのかなあ」
「います。私がそうです」
「なんと!」
 山小屋主人は驚いた。
「では、帰りはワシが街まで送ってやろう。また歩いて帰るのは大変じゃろう」
 というと、山小屋をパタパタと折り畳み、UFOの形に戻した。

 それを見てびっくりしたのが私どもであったのでございます、とチドリの十四郎は語った。ほんとなのか嘘なのか、さっぱりわからない。

(了)

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