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【ショートショート】ネットワークワイパー

 掃除機メーカーの王者、ダイソンが発表した新製品は「自動ワイパー」だった。
 短い四本足と長い二本のお掃除アームをもつ、可愛らしい機械である。ネットワーク対応がセールスポイントなのだそうだ。
 なんだか面白そうなので一台購入した。
 四本足は吸盤にもなり、壁でもどこでもよじ登っていく。
 私が仕事をしていると、机の上にやってきて、パソコンのティスプレイをきゅっきゅっと磨き始めた。
 この自動ワイパーは命令しなくても、自動的に汚れを発見し、お掃除するのである。
 なかなか気が利いている。
 ディスプレイが終わると、今度は窓拭きにとりかかった。
 私の仕事は物書きで、〆切りが終わるまでなかなか中断ということができない。夜眠る以外は、たいてい机の前に座ってあーでもないこーでもないと文章をいじりまわしている。
 自分でもだんだん饐えた匂いがしてくるのがわかる。わかってはいても、なかなか風呂に入る余裕がない。
 自動ワイパーはキッチンの壁をよじ登り、「風呂自動」のボタンを押したらしい。風呂がわいたと知らせる音が響いてきた。
「うーむ」
 と唸っていると、自動ワイパーがやってきて、私のズボンを掴み、風呂場に案内しようとする。
「わかった。言いたいことはわかった。ちょっと待て」
 待てないというふうにぐいぐいと引っ張る。
 とうとう根負けして風呂場に行くと、どこから集まってきたのか、三台の自動ワイパーがいて、私の服を引っ張る。ネットワーク対応とはこのことか。
「わかったわかりました。脱ぎます」
 私はひさしぶりに風呂に入った。背中を自動ワイパーが掃除する。やることが徹底している。
 風呂から出て、ふーっとため息をついていると、自動ワイパーは一仕事終えたというふうにお掃除バーを折り曲げ、またすっくと伸ばすと、今度は玄関に向かった。
 器用に鍵を解除すると、外に出て行く。
 私は興味にかられて、あとに付いていった。
 自動ワイパーはご近所でも有名なゴミ屋敷に入っていった。
「ああ、ここをやるのか」
 きっとお掃除ネットワークを通じて招集がかかったのだろう。ご近所中の自動ワイパーが集まっているらしく、ゴミ捨て場にゴミを持っていくワイパー、家を磨くワイパー、家の中に入っていくワイパーと、自動ワイパーだらけだ。
 しばらくすると、ゴミ屋敷の主である爺さんの絶叫が聞こえてきた。
「なにをするんじゃー」
 きっと私と同じ運命をたどっているのだ。
 大勢の見物人に見守られて、自動ワイパーたちは着実にゴミ屋敷を片付けていった。
 お掃除ネットワークには人間もアクセスできる。
 ソーシャルネットワークのようになっていて、自動ワイパーたちが自分たちの成果を書き込んでいる。我が町のゴミ屋敷のお掃除は大きなトピックになっていて、500いいねがついていた。そりゃそうだ。私も「いいね」ボタンをタップした。
 私の自動ワイパーは「深川岳志を風呂に入れる」というトピックを立てていた。
 6いいねがついている。誰だ、いいねを押したやつは。

(了)

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