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【ショートショート】特殊能力

 人間、なまじ特殊な能力があると、まじめな生業につけないものだが、田中はその典型である。
 田中が裸になってがらりと銭湯の扉を引き開けると、みんなの目が集中する。
 足の先から首まで総天然色だからだ。
 くりからもんもん、つまり刺青だらけなのだ。
 般若の面から曼荼羅、南無阿弥陀仏の文字まで大小の刺青がぎっちりと詰まっている。
 しばらく圧倒されていた先客たちも、洗い場に座っている田中の背中をよく見てぷっと噴き出したりする。とにかく下手なのだ。龍に見えないこともない不可思議な生き物が背中の中心にどんとあり、そのほかの刺青も歪んでいたり、字が間違っていたりと散々な有様だ。ムンクの叫びのような女性像もある。
 下手な刺青コンクールを開けば文句なしに第一位をとるだろう。
 田中は身を清めると、ジャグジー風呂に浮かんで無我の境地に入る。そうでもしていなければ、恥ずかしくてやってられない。
「はやく脱皮しないかなあ」
 と内心で願うが、そういうときに限ってなかなか脱皮しない。
 田中がはじめて脱皮したのは、子どもの頃だった。
 大人になり、美容室の練習台になる人をみて、あ、自分もできると気がついた。刺青師のもとをたずね、
「練習台はいりませんか?」
 と聞いてみると、大好評。
 それから田中は全国の刺青師のもとを流れ歩き、新人刺青師たちの練習台となった。
 肌一杯になるまで刺青を溜めると、田中は蟄居生活に入る。季節に関係なく、長袖に長ズボン。広い風呂が好きなので、銭湯だけは欠かせないが、なるべく目立たないように暮らす。
 ある日、すぽんと脱皮すると、もうこの仕事はやめようと思うのだが、数ヶ月もすると、また刺青だらけになっている。
 そして、銭湯で子どもに笑われるのだ。
「あのおじさん、絵が下手だねー」
 田中は心の中で叫ぶ。おれが彫ったんじゃない!

(了)

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