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短編小説┃海は長い夢を見る
私はかつて、海だった。
昼は太陽に照らされて水面を煌々と輝かせ、夜は世界の全てを容赦なく飲み込んだ。
月明かりだけが私の頭上にぽっかりと浮かんでいた。
海底、冷たくて暗い世界。
誰も踏み込めない、誰もその真相を突き止められない。
海である私と、深海生物たちだけが知っている。
その静けさも、恐ろしさも、なにもかも。
何億年もかけて、海だった私は人になった。
時々両の眼からとめどなく水が溢れ出てしまう時、私の身体が海水で満ち満ちていることに気付く。
もしも世界と私の境界線がなくなってしまったら、ちょうど水風船が割れる時みたいにして音を立てて弾けたあと、私はまたかつての海に戻るのだ。
海はいい。海はこの世にひとつしかないから、はじめから私以外はいないのだから、孤独を知る術がないのだ。
しかし人になってから初めて知った、
「私」と「他人」
私だけなら孤独じゃないのに、みんなが存在してしまうがために私は孤独になる。
深海生物たちの楽園には誰も踏み込むことが出来なかったように、私の心の奥底を知ることができる人はひとりだっていない。人間が孤独とはそういうことだ。
私は未だ、いつか海に生まれ変われる夢をぼんやりと見続けている。そうして静かに美しく、止まったかのように長い長い時間の中でたったひとり存在していたい。
プカプカと、水面に浮かぶ人の私はそんなことを考えながら、ゆっくりと群青に沈んでいった。
さて、かつて月だった君は今どこで何をしているだろうか。
互いに引き合い、私は満ち干きを繰り返した。
夜になれば世界の全てを暗闇に飲み込んでいた私の上で、白く輝いていた君は美しかった。
もしも人になった君に出会うことができたなら、私は海になる夢を見続けずに済むのに。
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