![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/8434757/rectangle_large_type_2_0c2f0559d95071b6fbd74edf4c3f0a57.jpg?width=800)
【第十四夜】幸せの温度
真夜中に目が覚めた。
暗闇の中で、ママの手を探してぎゅってしたら、ママがぎゅって握り返してくれた。ママは体温が低い。いつも触られるとヒヤッとする。サチコは体温が高いから、冬はいつもママがサチコにくっついてあったまって、夏はサチコがママでひんやりする。サチコとママの手のひらの体温が一緒になる頃にはまた眠りについていた。
「いってきます!今日は絶対7時には帰るからね!」
ママはいつもお仕事が忙しい。
「いってらっしゃーい」
サチコはいつものように玄関でママを見送った。
「ようじぃ、ママほんとに帰ってくると思う?」
「多分、8時過ぎだな」
花嫁さんのお世話をするお仕事をしているママは、土日は家にいないことが多い。そんなママの代わりに、たいていようじぃがサチコの相手をしに来てくれる。ようじぃはママのママのお友だちって聞いてるけど、多分、サチコのおじいちゃんだと思う。
「ようじぃ、ママになんかお誕生日したいけど、何がいいかなあ?」
今日はママの誕生日だ。サチコはこの日のためにお小遣いを貯めていた。
「さっちゃんがあげるものならなんでも喜んでくれるよ」
「うーん、そうかなあ…」
「そうだなあ……じゃあ、チーズケーキはどうだ?ママのママも好きだったケーキでな。ようじぃも好きだから、さっちゃんにも食べて欲しいな」
ようじぃの言うことはたいてい間違いがない。サチコはようじぃにチーズケーキのお店に連れていってもらうことにした。
着いたのは赤い屋根のケーキ屋さん。サチコはほんとはイチゴとか乗ってるかわいいやつが好きだけど、今日はママの誕生日だから、ようじぃのオススメのチーズケーキにしようと思う。でも、飾りがなくてあんまりかわいくないなあ……。あ、小さいやつのがかわいいかな。
「小さいチーズケーキひとつください!」
レジのお姉さんに言って、ようじぃに財布を渡すと、ようじぃががま口を開いて、コインを何枚か出しお姉さんに渡してくれた。ようじぃにチーズケーキの箱が入った袋を受け取ってもらう。ママ、喜んでくれるかな。
お店を出ようとしたら、男の子が開いたドアから勢いよく入ってきた。その子のパパらしき人がドアを押さえてくれてて「どうぞ」と言われたから先に出た。
その日の夜、やっぱりママの帰りは遅くて、サチコは眠ってしまった。
「さっちゃん、ママ帰ってきたけど、どうする?」
「うーん…眠い」
ようじぃが声をかけてくれたけど結局、起きられなくて、お誕生日にお祝いできなかった。
「ママのバカ」
「ごめんって」
「さっちゃん、ママ今日もお仕事だから、そろそろ許してあげて」
サチコが朝起きてからずっとママにバカバカ言い続けていたから、ようじぃが割って入ってくれた。
サチコはようじぃに免じて、気を取り直し、冷蔵庫を開けてケーキを出してきた。
「これ」
素直じゃないサチコはおめでとうがうまく言えない。ほんとは昨日お祝いしたかったから…。
「さっちゃんがお小遣いで買ってくれたんだよ」
ようじぃが代わりに説明してくれた。ママは嬉しそうに笑って、サチコから袋を受け取り、箱をテーブルの上に出した。箱をあけると、チーズケーキが出てくる。
「さっちゃん、ありがと」
「……ママ、お誕生日おめでと」
そう言うと、ママはサチコを抱き寄せて、ぎゅって抱きしめてくれた。相変わらずママの手はひんやりした。
「さっちゃん、いつもごめんね」
耳元で聞こえたママの声はちょっと泣いているような感じだった。
「ほら、2人とも早く食べないと!ママ、遅刻しちゃうよ」
ようじぃの言葉に2人ともハッとなる。ママはサチコを膝の上に座らせて、朝食で使ったお箸でケーキを切り分け、サチコの口に運んでくれた。
「わあ、ふわふわ!」
口の中に入れたら甘くて、雪みたいにすぐ溶けてなくなった。ママは自分の口にも箸でケーキを運んで「おいしいね」と言った。
「ようじぃが選ぶやつは、やっぱ間違いないね」
サチコがそう言ってようじぃを見ると、ようじぃも嬉しそうに笑っていた。
「さっちゃん、ようじぃにも食べさせてあげて?」
ママがお箸にケーキのかけらを刺してくれて、サチコがそれをようじぃに差し出すと、ようじぃは顔を近づけて、食べてくれた。
「やっぱうまいなあ~」
そういいながら、何故かようじぃの目からは涙がだあだあ流れていた。
「ようじぃ?」
「いや、なんでもない、大丈夫だよ」
ママはそんなようじぃを目を細めて見ていた。それからママをまた玄関まで見送った。ようじぃがどうして泣いてるかはよくわからなかったけど、ようじぃがいつもサチコのお世話をしてくれるように、これからはサチコがようじぃを守ってあげようと思った。
ようじぃの手をぎゅっと握ってあげたら、ようじぃはまた、目からだあだあ涙を流していた。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?