変な話『預言者A』
私は、預言者から「君は、明日の朝、パンでは無くご飯を食べるだろう」と予言された。
ところがすっかり忘れていた私は、トースターに食パンを入れ、タイマーを回した。そこでふと思い出した。
「あ、今日はご飯を食べるようにって予言されたんだった」
私は悩んだ。このまま食パンが焼けるのを待ち、トーストを朝食として食べようか。それとも、預言者の予言の通りご飯を食べようか。
その間も焼き続けるトースターを私は見つめていた。ジジジジ・・・。
「君は、明日の朝、パンでは無くご飯を食べるだろう」
そう私に言った預言者は、愛らしい老者であった。歳は、七〇歳頃と見え、小さい体で腰が深く折り曲がり、私の顔を見上げるにも、油の切れた腰の部分から背骨を大きく伸ばし、なんとも滑稽ないでたちで、ニッコリと笑った時に目尻から伸びるシワが、この人の人懐っこさを表しているようであった。
私が、おじいちゃんっ子だったという事もあるだろう。老者のシワに挟まれた綺麗な目が、再び私に問いかけてくる。
「君は、明日の朝、パンでは無くご飯を食べるだろう」
私がこの後、目の前で焼かれているトーストを食べてしまったのなら、どうなるのだろうか。予言した老者は、嘘つきとなってしまう。
彼がその事実を知った時、いったいどう思うのだろう。あの歳まで生きて来たのだから、きっと多くに裏切られても来ただろう。気にしないかも知れない。第一に、私がトーストを食べた事など、バレる筈もないだろう。
ジジジジ・・・。
トースターからは香ばしい湯気が漂い始めている。
ところが、決心は揺らぐばかりである。食欲を前にしても、老者の人懐っこさが私の心を掴んで離してはくれない。
ジジジジ・・・チーン。
「嗚呼、私はご飯を食べないといけないのか・・・」
預言者のメンツを私は守った訳だった。
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