変な話『ベッドの中の革命児』
この世界では、全ての始まりは「左から」と決まっていた。
何をするにも「左から」で、歩き出す時も左足から出し、靴下も靴も左足から履いた。学校や会社でも左側にいる人が最初に選ばれ、右側にいた人達は後に続いた。それは地球の自転が左回りなのが原因だと考えられていた。
青年は、夜ベッドに入り眠りに就く前によく考え事をしていた。もし明日、右足から歩き出したらどうなってしまうのだろう。左手ではなく、右手を挙げてタクシーを止めてしまったらどうなってしまうのだろう。歯を磨く時、右奥歯から磨いてしまったらどうなるのだろう。靴下も靴も右足から履いてしまったら?いつも左側にいるあいつよりも先に発言してしまったら?そうこうしているうちに得体の知れない不安の闇が青年を覆い尽くし眠りに就くのだった。
朝、目を覚ますと昨夜の考え事などとうに忘れ、左奥歯から歯を磨き、左足から靴下と靴を履き、左足から家を出た。
駅に向かう住宅街で、ふと昨夜の事を思い出した。右足から歩き出してみたらどうなるのだろうと。青年はどうしても試してみたくなってきた。
周りに誰もいない事を確認して一度立ち止まってみる。そして、右足をゆっくりと前に出した。
丁度その時、角から女子高生の笑い声が聞こえた。青年は、前に出した右足を引き戻そうとしたのだが、もう既に重心の大方は前方に傾いており、そのまま地面についてしまった。慌てた足取りは、タタンと連続で右足が地面を蹴り、その後左足がタタンと地面を蹴った。
丁度それはスキップをしているようだった。青年は女子高生たちに誤魔化すように鼻歌を歌った。
「フフン」タタン
「フフン」タタン
何とも陽気な月曜の朝であった。
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