富士通デザインセンター社内勉強会「デザインの潮流」レポート
富士通デザインセンターでは、グローバルビジネスへの貢献を目指して、検討と実践を重ねています。
海外に目を向けるとデザインによる社会課題解決や、ビジネスに貢献するデザインといったトピックが見られ、デザイナーの活動領域や取り組み方も日本とは違いがありそうです。
また、こういった外部環境だけでなく、デザイナー自身のマインドやバックグラウンドにも違いがあるかもしれません。そこでヨーロッパやニューヨーク、そして東京を拠点に活動するデジタルプロダクトスタジオustwoから、世界のデザインを知る2人のメンバーを講師に迎え、さまざまなトピックで語っていだたく社内勉強会を開催しました。
勉強会の前半は「デザインの潮流」をテーマにお話しいただき、後半はこれから世界で活動するデザイナーのあり方について、社内メンバーとディスカッションしました。この記事では、当日の様子をダイジェストでお届けします。
デジタルプロダクトデザイン領域における過去10年の振り返り
ここ10年のデザイン業界におけるトピックとして「プロダクトチーム文化の確立」「デザイン倫理の議論」「低迷期」の3つが挙げられました。
1.プロダクトチーム文化の確立
2013年ごろから、アジャイル開発や、デザイナーがビジネスや開発と一体となったチームが見られるようになりました。デザイナーがビジネスの意思決定に深く関わるようになったと言えます。
また、業務におけるチームの意義が大きくなったことで、チーミングが重視されるようになり、コミュニケーションのノウハウなどがインターネット上で発表、議論されはじめたのもこの頃です。
それまで「UIスペック」を作成することが一般的でしたが、「デザインガイドライン」が策定され、さらにコンポーネントライブラリを含む「デザインシステム」が公開されるようになりました。これにより、デザインと開発のプロセスがシームレスに連携し、効率的な製品開発が可能になりました。
2.デザイン倫理の議論
2016年頃からITをめぐる倫理的な問題が表面化しました。政治とSNSとの関係や、プロダクトが引き起こすディセプティブパターン(人の目をごまかし騙すデザインや設計)、プライバシー、ネット依存等が社会問題として認識されるようになりました。
「BLM(ブラックライブズマター)」「me too」「Fridays For Future」などの社会運動に始まり、「インクルーシブ」や「サスティナブル」に着目したデザイン活動も活発化しました。
このようなデザイン活動の流れから、比較的特定の利用者にフォーカスした「Human centered design」から、社会全体や環境まで考慮した「Humanity centered design」の考え方が出現しました。
近年では、欧米主義的な価値観を批判する「デザインの脱植民地化」の考えや、「デザインが社会やシステムを持続可能なものに作り変える原動力になり得るか」という問いが生まれています。これは、デザインの価値が美しさや機能性だけでなく、社会や環境に貢献する役割を担うべきだという認識が高まっていることを示しています。
3.低迷期
ここ最近のデザインの状況では、経済の状況や、コロナ禍のデジタルバブルの反動などにより大手企業のCDOやUXリサーチャーの解雇、人員削減が行われました。またAIの登場やデジタルUIデザインのコモディティ化などによって、若干トーンダウンの傾向も見られています。
これからのデザイナーに必要な観点
ustwoから、最近よく目にする「リジェネラティブ」「サーキュラー」「トランジション」「スペキュラティブ」「システム思考」など、さまざまなデザインコンセプトやアプローチを紹介していただく中で、これからのデザイナーに必要な観点とustwoでの取り組みについてもお話しいただきました。
デザイナーの視点
デザイナーは、デザインした製品が社会や経済に与える影響を意識する必要があります。日本では「職人技」を重視する傾向がありますが、ヨーロッパでは技術の優劣よりも、その根底にある独自の視点や意図を重視します。
デザイナー自身の価値観や社会問題への見解を述べることが、海外では日本よりも重要な意味を持ちます。
人間中心のシステムシンキング
「System thinking(システム思考)」に基づくデザイン活動では、チームのコラボレーションが不可欠です。ユーザーと製品は、互いに影響し合う複雑なエコシステムの一部であると考えます。
「Human centered systems thinking(人間中心のシステム思考)」は、「System thinking」と「Human centered design」、さらに社会課題の解決を目指す「Theory of change」を融合させた概念であり、より効果的な解決策を生み出すための重要な指針だと考えられています。
ustwoでの取り組み
ustwoでは、環境負荷が懸念される案件や社会的倫理が問われる産業に関するプロジェクトに対しては、「このプロジェクトは社会や世界にとって有益かどうか」を社内で議論し、受注について慎重に検討しています。
これは、ustwoが従業員所有企業(株式の所有権を従業員に移行することで、会社の所有権を受け継ぐ制度)であり、社会・倫理・環境への責任を重視する、Certified B Corporation(B Corp)認定を受けた企業であることや、従業員自身がそのことを大切に思っているからです。
さらに、ustwoは持続可能なデザインを実践するために、既存ツールの見直しにも取り組んでいます。たとえば「ペルソナ」をよりインクルーシブな視点から再検討し、多様なユーザーのニーズを捉えるものとしてアップデートしています。
トークセッション:グローバルな視座で考える
これまでの話を振り返り、ustwoのMayuさん、Larsさんに加え、富士通デザインセンターからは宇田センター長と吉川がトークセッションを行いました。
ヨーロッパの風土やこれまでの歴史を踏まえ、欧米的な考え方や価値観が変わり始めているという話題から始まりました。
欧米主義的な価値観からの変化
吉川 ヨーロッパには多種多様な国が存在し、我々日本人には想像しにくい問題があると思います。ヨーロッパがEUとして1つになる考えは理想的ですが、現実に生活していく中では綺麗ごとではすまされない部分もありそうです。そういう状況でも問題提起して、みんなで会話していくことは、ヨーロッパ的な方法だと思います。
Mayuさん 私もロンドンで仕事をしていましたが、植民地支配の負の側面について深く意識したことがない人々がいることに驚きました。一方、博物館が所蔵している植民地時代の美術品を元の国々に戻した方が良いと考える若い人達も現れています。自分たちの歴史に批判的な目を向け始めている印象です。
Larsさん ヨーロッパでは、環境問題や紛争など、多くの深刻な問題が同時に発生しています。これらの問題の根本の原因や解決法を考えるために、歴史を振り返って、過去に起こったことを改めて考察する必要があるでしょう。
デザインの価値をどのように測定するのか
宇田 今、日本では、デザインもビジネス上の成果を出すことを求められています。長期的な視点でファイナンスを考慮しつつ、デザイン領域ではスペキュラティブな取り組みを行い、成功しなければならない。デザインによって利益を上げなければならないという、このような考え方は、世界共通なのでしょうか?
Mayuさん たとえば、北欧の「シビックラボ(市民主体で課題解決していく施策)」では、事業化や実装時に予算面でつまずくケースもあり、利益だけでない価値の測り方そのものを見直す必要を感じています。
GDPは国の経済活動における重要指標ですが、人の健康・幸福度・環境状況などを反映していません。これでは、真の成功や目指すべき方向を見誤る可能性があります。従来の価値観にとらわれず、より包括的な視点で「何が成功なのか」「どんな未来を目指すべきか」を再定義していく必要があります。
吉川 富士通では現在、データドリブン経営を進めており、非財務データも分析対象となっています。たとえば、エンゲージメント指数や出社率などが非財務データに当たりますが、こういったデータを使用する場合は、どのような考えに基づいて、どの指標を使うのかを明確にすることが重要だと考えています。
Larsさん ヨーロッパでも同様の議論があります。私たちは生産活動において、量よりも質を重視していくべきですが、その「質」の評価方法については、まだ明確な答えは見つかっていません。
デザイナーが世界で活躍していくために
最後に、「日本のデザイナーが世界で活躍できるヒント」について、Mayuさんにお話しいただきました。
Mayuさん グローバルで活躍するデザイナーは社会問題に敏感で、「私たちが何かをやっていくことで、世界は変わる」という強い意志を感じます。
一方、日本のデザイナーは、丁寧で深いソリューションを生み出すことや、工芸的な美しいデザイン技術を持つなどの強みがありますが、その強みに気づいていないことが多いと感じます。自身の活動をもっと積極的に発信することで、海外のデザイナーに良い刺激を与えられるのではないでしょうか。
冒頭に述べたように、今、私たち富士通デザインセンターを取り巻く状況は変わりつつあります。デザインとビジネスの関係を見直したり、デザインが社会課題解決に貢献できるかなど、従来のデザイン領域を大きく超えた役割が期待されています。
そんな中、ustwoの取り組みや、欧米におけるデザインと社会課題の関わりの歴史、デザイナーの働き方などをお話いただき、私たちデザイナーができること、もっと深く考えなくてはいけないことなど、多くの気づきがありました。
社内勉強会にとどめていくには惜しいという声が挙がり、当日の様子をレポートしましたが、もっと深く知りたい、学びたいという方もいるかもしれません。参考図書もご紹介いただきましたので、ぜひチャレンジしてみてください。
MayuさんとLarsさん、貴重な経験と学びを共有していただきありがとうございました。