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甘さ

一体、どこで選択を誤ってしまったのだろうか。
それまでも、そしてこの先も、未来永劫続くものと勝手に思っていた幸せな人生は、
彼女の一言によって脆くも崩れ去ってしまった。
「貴方、自分にも私にも甘すぎるのよ」

自覚はあったが、改めて言われると言葉を失う。
返すべき言葉を探しているうちに「別れましょう」の追い討ちに遭う。
引き留めたところで変わらないだろうと「そうですか、分かりました」の言葉を聞き届けるなり、彼女はどこかへ去ってしまった。

事なかれ主義の私は、何よりもトラブルを最小限にすることを最優先させる。
どこまでいっても私と彼女は他人同士でしかないのだから、
それを私の意見で変えてしまうのは畏れ多い行為だと思っていた。

自分にも甘いのには理由がある、というのはかなり言い訳がましい、というか実際のところ言い訳でしかないのだろうが、
好きでこんなに捻じ曲がってしまったわけではない。

高校2年生の頃に父を亡くした。家族孝行を欠かさない父で、尊敬する自慢の父だった。癌だった。
見つかった時にはもう手遅れで、1年もしないうちに息絶えてしまった。
タバコも吸わない、酒も飲まない、運動は適度にやっている。人付き合いも良かったし、非の打ち所が無かった。

そんな父が、亡くなった。
生きてきた過程など一切関係なく、何をやったところで最終的に行き着く先は死なのだ、と悟った瞬間、私は何事にもやる気を失ってしまい、無為に7年という月日を過ごしてしまった。

私が彼女と別れてから、既に数ヶ月が経つ。
私は今、一人旅で栃木の山の中にある沢へやって来ている。
今でも私は彼女の幸せを願っている。ただ、その隣にいるのは私ではない。それだけの話だ。
どこからともなく流れてきた風の噂では、彼女は新たな恋人を見つけ、同棲を始めているらしい。
かたや同棲でいかにも幸せな生活、一方で私は埼玉からレンタカーを借り、あてもなくふらふらと彷徨っている。


どこで選択を誤ってしまったんだろうか、そんな事を考えながら車を走らせていると、道端に灰皿を見つけた。
禁煙のレンタカーを借りたので車内で煙草は吸えない。
何はともあれ、とりあえず一服することにする。
近くにあった自動販売機でブラックの缶コーヒーを買い、煙草に火を付けた。
コーヒーと煙の苦々しさが身体に染み渡る。
独りで運転していると色々な過去が思い起こされ、その都度それなりの理由を付けるが、所詮は言い訳に過ぎない。
自覚していながら昔から何も変わらないということは、やはり私は自分に甘いのだろう。
煙草を吸い終え車に戻ろうとしたところで、コンビニでたまに見かける紙パックのコーヒー牛乳が、雨にでも打たれたのだろう、色褪せて道端に転がっていた。
「甘いんだよな……」
そんなことをつぶやきながら車に戻る。


一人旅は続く。
行き先は、特に決まっていない。

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