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システム思考で考える

知人の強い勧めがあって、書籍「なぜあの人の解決策はいつもうまくいくのか?―小さな力で大きく動かす!システム思考の上手な使い方」(枝廣淳子氏著、小田理一郎氏著)を読んでいます。同書で繰り返し問われてるのが「システム思考」です。「システム思考」についてわかりやすく説明されていて、たいへん参考になります。

同書で、一例として道路渋滞の問題が取り上げられています。

世界中の都市が道路の渋滞という問題に直面します。道路が渋滞していると、近隣の住民や利用者から「渋滞を何とかしてほしい」という苦情が道路当局に殺到します。当局担当者は何かの対応に迫られます。

ここで例えば、「道路の容量(時間あたりに通行できる最大台数)が少ないから、道路が渋滞してしまうのだ」と、原因を考えます。原因を考えるとすぐに、その原因に対して解決策を考えようとします。よく出てくるのは、「道路の容量を増やすために道幅を広げる」あるいは「バイパスなどによる追加の道路網を整備する」です。

「道路を拡張すれば、道路容量が増える。そうすれば渋滞が解消する。そうすれば渋滞を減らせという圧力もなくなるだろう」という思考です。いたって、ごく普通のまっとうな問題解決の流れに見えます。

しかしながら、世界の多くの都市において、道路の拡充や新たな道路網の整備を行うと、直後は渋滞解消するものの、しばらくすると元の状態に戻る、あるいは前より渋滞がひどくなるという結果となるそうです。つまりは、問題解決にならない、ならないどころか場合によっては前より問題がひどくなるというわけです。なぜなのでしょうか。

それは、「道路拡張→道路容量アップ→渋滞解消」という直線思考では見えていない構造が存在しているため、直線思考だけでは真の問題解決にはならないからです。

同書は次のように指摘します。(一部抜粋)

「問題の原因と結果はすぐ近くにある。だから問題の近くに解決策があるはずだ」という直線的なアプローチは、単純なシステムの時代には通用しましたが、複雑なシステムにおいては、通用しません。複雑なシステムでは、原因と結果が近くにあるとは限らないためです。

実際には、ある行動の効果や影響が、システムを構成している数知れない要素間のつながりを経て、時間的な遅れをともなって出てくることもよくあります。そのために、解決策の「予期せぬ影響」が「意図した作用」を打ち消してしまったり、さらには「昨日の解決が今日の問題を生み出す事態すら起こったりするのです。

これらはすべて、状況や問題をシステム(要素のつながり)として把握せず、目の前の問題に近視眼的に働きかけたことから起きる結果なのです。

道路渋滞の問題をシステム思考で考えると、道路建設ループ:「道路容量アップ」→「渋滞解消」の他にも次のようなループが動き出すことが見えてくると同書は言います。

・交通量増大ループ:「道路建設」→「道路の容量アップ」→「自動車利用の相対的魅力アップ」→「自動車保有台数・利用頻度アップ」→「道路建設」

・公共交通機関ばなれループ:「自動車利用の相対的魅力アップ」→「公共交通機関の利用者ダウン」→「公共交通機関の価格アップ」→「公共交通機関の魅力ダウン」→「自動車利用の相対的魅力アップ」

・都市圏拡大ループ:「道路建設」→「通勤圏の拡大」→「郊外の住宅建設」→「通勤圏内の人口アップ」→「交通量アップ」

これらのループが見えれば、打ち手も変わってきます。例えば、道路の拡張を行うにしても一般道の拡張ではなく、バス専用レーンの設置という形をとることで公共交通機関の魅力を高める。特定の時間帯に混雑税を導入することで特定の時間帯の自動車利用の魅力を下げる。などです。実際に、こうした施策によって市民の公共交通機関や自転車・バイクへの移行が進んで自動車の通過速度の改善、大気汚染や騒音の軽減という効果が見られた都市もあるそうです。

話題は変わりますが、フィナンシャルタイムズの記事「米、薬価引き下げの衝撃 各国も医薬品開発支援を」を一部抜粋してみます。

バイデン政権が8月29日、高齢者向けの公的医療保険「メディケア」が価格交渉できる販売額上位10品目の医薬品を発表したことで、世界の医薬品市場には激震が走りそうだ。

心臓病、脳卒中、糖尿病、がんを対象とするブロックバスター(大型薬、一般的に年間売上高が10億ドル以上の薬を指す)の価格を引き下げる動きは、製薬各社の利益率を低下させるだけではない。創薬の在り方を変え、世界中の患者が今後、どのような医薬品を手にできるかにも影響を与える可能性がある。

ジェネリック(後発医薬品)でない医薬品の米国民による負担額はOECD加盟国平均の3倍だ。それだけに米国民は、バイデン政権がメディケアに薬価引き下げの交渉権を与えたことを圧倒的に支持している。

欧州の多くの国とは異なり、米政府はこれまで薬価を規制してこなかった。しかし、昨年成立したインフレ抑制法に基づき、6600万人の高齢者が加入するメディケアが製薬会社と直接価格交渉することが可能になった。

メディケアは特許切れが間近の売れ筋の医薬品を中心に、定価の25%、あるいはそれ以上の引き下げを求める計画だ。これでメディケアは今後10年で1000億ドル近くのコスト削減を見込める一方、多くの高齢者にとっても自己負担額の軽減を期待できる。

製薬各社は価格交渉に応じるか、さもなくば懲罰的な税金を課せられることになる。よってこの措置は憲法違反ではないかとして米政府を提訴した企業も複数ある。

製薬業界は民間の保険各社も支払額の引き下げを求めてくるとみており、そうなれば売上高は大幅に減少する。そのため価格引き下げ対象となる医薬品が増えるに従い、R&D予算が圧迫され、開発を進める医薬品数も減らさざるを得なくなると警告している。

米の薬価引き下げは、医薬品開発に成功しても、そのリターンが下がるため、ベンチャーキャピタルによる投資を難しくする可能性もある。特に最近は開発初期段階をスタートアップが担うケースが増えており、一定の進展があった時点で製薬大手に売却されることが多いだけに、これは懸念すべき点だ。

「薬価が下がる」→「より多くの人が薬を手に入れられるようになる」→「多くの人が症状改善する」と考えるのが自然です。しかしながら、それ以外にもループが回っていることが上記記事からうかがえます。「薬価が下がる」→「創薬メーカーの収益性が下がる」→「創薬メーカーの研究開発が減る」→「手にできる薬が減る」というループです。

このように考えると、私たちがごく自然の思考の流れで想定する解決方法が、必ずしも私たちが望ましいと考える結果のほうに向かうとは限らない、と言えます。上記の薬価の問題も、何が正解というのが一概には言いにくい、難しいテーマであることが改めて認識できます。

これらはいずれも公的な政策に関連する例でしたが、同様のことは企業活動の中でも起こります。例えば、次のような例です。

・販促キャンペーンは、顧客にとってまとめ買いの魅力アップというループを生み出す一方で、顧客の需要の先食いという別のループを回して将来の自社の首を絞めていないか。

・納品(売上)ノルマ必達やスピード納品という方針の圧力が、製造工程の圧縮や効率化という望ましいループを生み出す一方で、品質検査の妥協や劣化という別の望ましくないループを回して不良品の排出につながっていないか。

あるテーマに対して、ひとつのループに基づく直線思考ではなく、いくつものループが絡み合っているのではないかというシステム思考で考える。持ち合わせておきたい視点だと思います。

<まとめ>
あるテーマについて、直線思考ではなく、複数のループをイメージするシステム思考で考える。

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