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買収による企業戦略の拡張

買収に関する記事を見かけることも増えました。とりわけ、SBIホールディングスが新生銀行に対して実施中のTOB(株式公開買い付け)が注目されています。他にも今週例えば、ジャパン・リニューアブル・エナジー(JRE)や家庭教師のトライに関する買収の話がありました。

今日は、このうちJREをテーマに考えてみたいと思います。日経新聞から関連記事を一部抜粋してみます。

~~ENEOSホールディングスは11日、再生可能エネルギー新興企業のジャパン・リニューアブル・エナジー(JRE、東京・港)を買収すると発表した。買収額は2000億円。JREの親会社である米ゴールドマン・サックスとシンガポール政府投資公社(GIC)から全株式を取得する。脱炭素を見据え、再生エネ事業を新たな収益の柱に育てる。

石油元売り大手による再生エネ新興の大型買収は初めて。ENEOSは国内外に60の再生エネ発電所を持つJREを傘下に収め、再生エネ事業を本格的に拡大する足がかりにする。

11日にオンラインで記者会見したENEOSの井上啓太郎常務執行役員は「事業構造を抜本的に変える契機になる」と語った。ENEOSは再生エネ発電所の規模を、今の出力計10万キロワット程度から、22年度末までに100万キロワット超にする目標を掲げていた。JREを傘下に置けば、運転中・建設中含めて国内外で約122万キロワットにまで一気に増える。

JREは2012年創業の新興エネルギー企業だ。9月時点で約40万キロワット分の再生エネ発電所を稼働している。11日の発表によると、20年12月期の連結売上高は224億円で最終損益は9億1200万円の赤字だ。

2000億円という巨額買収額について、井上氏は「JREの持つ既存資産と将来価値で算定した」と説明した。「(再生エネ事業を育てるまでの)時間を買った意味もある」とも語った。「設立10年ほどで実績を積み上げ、ノウハウも人材もある」と成長性への期待も示した。

井上氏が指摘する「将来価値」の主軸は洋上風力だ。JREは長崎県や秋田県、北海道などで洋上風力の開発に乗り出している。国内での商業利用は遅れており、政府は「再生エネ電源の主力電源の切り札」と期待する。洋上風力は建設や運営などに数千億円かかる一方、数十年にわたってコストを上回る収益を得られる可能性がある。~~

企業を買収する際の値付けには代表的な算定方法がいくつかありますが、「何年で投資額を回収できるか」という考え方の切り口は、もっておいてよいと思います。シンプルで実践的だからです。いくら将来性があるからと言っても、企業活動には常に現金が必要なわけですので、投資回収を何十年も待つわけにはいきません。自分の私生活での投資活動に当てはめると、それに通じる感覚がイメージできます。

何年という設定に決まった1つの正解があるわけではありませんが、一般的には10年を目安とすることも多いようです。「10年ひと昔」と言われるように、10年もすれば時代も変わってしまう、変わった後の時代で利益を生み続けられるかどうかわからないから、それまでに生み出す現金で投資を回収し終えておく、というのは、感覚的には的を射ている気がしてきます。大企業に比べて財務的基盤がそこまで強くない中小企業であれば、5~10年程度で考えてもよいのかもしれません。

この考え方だけでみると、上記2000億円は高い金額となります。10年で回収するには、年間200億円の現金回収が必要です。上記に「最終損益は9億1200万円の赤字」とあります。最終損益には、その年度のみに発生する特別損失や既に支払いを終えている設備の減価償却などが計算に含まれています。よって、昨年度に現金を生む力がいくらだったのかは、これだけではわかりません。買収対象となるぐらいですので、おそらく黒字が可能なぐらいの現金を生む力はあるでしょう。しかし、売上高が年間224億円ですので、そこから200億円も現金が残るとは考えられないでしょう。

もちろん、「今現金を生む力」だけが買収価格の決定要素にはなりません。設備などの資産をたくさん持っているのかそうでないのかで、同じ儲かり度合いの企業でも値付けは変わってきます。他にも、表にあらわれていない資産価値、当該市場の将来的なポテンシャルなども加味されるべきです。加えて今回の場合、再生エネ電源という事業の特徴から、(5年や10年などではなく)例外的に数十年単位の時間軸で是非を判断したのかもしれません。

いずれにしても、JREによほど潜在的な価値があるのか、あるいは再生エネ事業に膨大な市場ポテンシャルがあるのか。しかし、それだけであれば、売り手がうまみのある企業をわざわざ手放す理由がありません。今の株主が現経営陣か経営陣を変えてそのまま続ければそのうまみを享受できるからです。

ENEOSにJREの資産を今以上に引き出し活用する、さらなる資産力やノウハウがあり、その分価格をプラスしての2000億円提案だった、株主としてはその額なら時間を買って手放してもよいかも、と判断されたことが、基本的な構図ではないかと想像されます。

トータルとして高い買い物だったのか十分適切な買い物だったのかは、詳細情報を持つ当事者でない限りわかりません。そのうえで、この事例からは改めて、売り手企業が今現金を生む力をどれだけ持っているか、今持っている資産全体の価値はいくらか、そして買い手側がそれらを今以上に引き出す力があるか、が問われることがわかります。

中でも、「買い手側がそれらを今以上に引き出す力があるか」については、企業買収などの大きな規模の出来事以外にも、身の回りの出来事にも応用できる視点だと思います。例えば、組織再編や、業務の引き継ぎなどです。組織再編後、業務の引き継ぎ後に、前行われていたことをただそのまま再現するのではなく、「体制を変えてこうやることで、よりうまくいく何かをこのように想定している」と言える状態で臨めれば、理想的だと思います。

ちなみに、JREは日本にある企業ながら、株主はゴールドマン・サックスとシンガポール政府投資公社(GIC)です。今回の売却によって多くの利益を得ることになるのでしょう。まだ粒の小さい事業・企業を精査した上で、可能性を想定し育てることが、やはり得意なのでしょうか。そうした姿勢は、私たちも見習いたいところだと思います。

<まとめ>
買い手側に、売り手の資産を今以上に引き出し活用する力やノウハウがあることが大切。


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