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定年制の今後を考える

1月12日の日経新聞で「OECD、日本に定年制廃止提言 働き手確保へ女性活躍を」というタイトルの記事が掲載されました。経済協力開発機構(OECD)が、2年に1度の対日経済審査の報告書(11日に公表)で、働き手を確保するための改革案を提言、定年の廃止や就労控えを招く税制の見直しで、高齢者や女性の雇用を促すよう訴えた、としています。

同記事の一部を抜粋してみます。

日本の就業者数は今後、急速に細る。OECDは23年に外国人も含めて6600万人程度と推計した。出生率が足元の水準に近い1.3が続けば、2100年に3200万人に半減する。

OECDは高齢者や女性、外国人の就労底上げなどの改革案を実現すれば出生率が1.3でも2100年に4100万人の働き手を確保できると見込む。出生率を政府が目標とする1.8まで改善できれば5200万人超を維持できるという。

高齢者向けの具体策では、定年の廃止や同一労働・同一賃金の徹底、年金の受給開始年齢の引き上げを提示した。OECD加盟38カ国のうち、日本と韓国だけが60歳での定年を企業に容認している。米国や欧州の一部は定年を年齢差別として認めていない。

日本で定年制が定着した背景には、年功序列や終身雇用を前提とするメンバーシップ型雇用がある。企業は働き手を囲い込むのと引き換えに暗黙の長期雇用を約束することで、一定年齢での定年で世代交代を迫った。

職務内容で給与が決まる「ジョブ型雇用」は導入企業が増える傾向にある。岸田文雄首相は23年10月の新しい資本主義実現会議で「ジョブ型雇用の導入などにより、定年制度を廃止した企業も出てきている」と述べた。

OECDは年功序列からの脱却などを指摘するが、大企業を中心にメンバーシップ型の雇用は根強い。マティアス・コーマン事務総長は11日の都内での記者会見で「働き続ける意欲が定年制で失われている」と強調した。厚生労働省の22年の調査によると、日本企業の94%が定年を設けている。うち7割が60歳定年だ。

パーソル総合研究所の21年の調査では70歳以上まで働き続けたいと希望する60代従業員は4割以上おり、就労意欲がある。働き方が変わる中で、定年の仕組みをどうしていくかの議論が重要な局面になりつつある。

報告書は、公的年金を支給する年齢水準についても平均寿命の延びに追いついていないと主張した。現在は65歳となっている標準的な受給開始年齢の引き上げを求めた。同一労働・同一賃金の徹底で、正規と非正規の労働者の待遇格差をなくすことにも言及した。

女性の就労促進では年収が一定額を超えると手取りが減る「年収の壁」をなくすよう提起した。第3号被保険者や社会保険料控除など、女性の就業調整につながる税制などの抜本的な見直し案を示した。

外国人労働者の誘致では差別防止や、高い技能をもつ外国人労働者の配偶者が日本で就労しやすくすることを提案した。

同記事からは3つのことを考えました。ひとつは、自分たちにとって当たり前だと思っていることが、そうでもない可能性がある、ということです。

日本企業の7割近くが採用している60歳での定年を企業に容認しているのは、OECD加盟38カ国のうち、日本と韓国だけとあります(別の条件で年齢を理由とする雇止め可にしている国や、OECD非加盟国で定年制が存在する国もあるようですので、世界中で定年制自体のある国が2か国だけというわけではありません)。つまりは、私たち日本人にとって身近な定年制、それも60歳になったら一斉にそのことを意識する仕組みが、世界的には限られた考え方だということです。

多くの国では、何歳までどのような雇用形態・条件で働きたいかを、自分の意志で決めているのだろうとも言えます。特定の年齢になったら一斉退場をする仕組みとなっているやり方は、キャリアの主体性について、労働者に完全に委ねることを前提とはしていない、と捉えることができます。

高齢者の就労意欲・体力・スキルは個人差が大きくなります。定年制が必ずしも悪だというわけでもありませんが、多様性や主体性をテーマにした人材マネジメントを目指すなら、再検討の余地はあると言えそうです。

2つ目は、上記にも関連しますが、高齢者人材のさらなる活用の余地があるということです。

内閣府の「令和3年版高齢社会白書」によると、日本の高齢者は高い就労意欲を持ち続けているようです。各国の60歳以上の人に、今後、収入を伴う仕事をしたいか尋ねたところ、次のような結果となっていると紹介しています。

「今後、収入を伴う仕事をしたいか」という問いに対し、左から順に、「収入の伴う仕事をしたい(続けたい)」、「収入の伴う仕事をしたくない(辞めたい)」、「不明・無回答」の割合(令和2年)

日本:40.2%、48.9%、11.0%
米国:29.9%、67.2%、2.9%
ドイツ:28.1%、70.7%、1.2%
スウェーデン:26.6%、66.0%、7.4%

日本を除く国の過半数が「収入の伴う仕事をしたくない(辞めたい)」と回答している一方で、「収入の伴う仕事をしたい(続けたい)」とする割合は、上記の中では日本が40.2%で最も高くなっています。シニア人材活躍のマインドにつながる文化の土壌は、日本が最も進んでいるというわけです。これを生かさない手はありません。

一方で、同白書は、「収入の伴う仕事をしたい主な理由は、日本は「収入が欲しいから」、他の国は「仕事そのものが面白いから、自分の活力になるから」と回答した割合が最も高くなっている」とも指摘しています。収入の手段としての就労意欲だけではなく、仕事そのものに対する意欲という観点からは、開発の余地がありそうです。定年制の今後のあり方と合わせて、課題として捉えることができそうです。

3つ目は、関連する他の要素の現状や影響を考慮する必要があるということです。

日本では、企業における従業員の解雇権が限定的です。他国では、年齢によって一律で正社員を退場させる仕組みがない代わりに、期待されたジョブの定義に対して実際のパフォーマンスが合わない、会社方針に正当な理由なく従わない、などがあれば、解雇の対象になるという考え方も見られます。組織がその時の環境下で求めるものに合致していれば年齢は関係ない、ということは、年齢に関係なくいつ解雇になるかわからないということの裏返しだったりします。

基本的に、フリーランチというものはないのだと思います。何かを手に入れたければ、何かを手放すことが基本です。定年制廃止やいわゆるジョブ型雇用導入などにあたっては、このあたりの諸要素も同時に考える必要があります。解雇権に対する考え方は社会環境にも影響されるため、慎重な検討も必要になります。

いずれにしても、組織の外(この場合、日本という大きな組織の外)からの指摘は、普段当たり前と思っていることに実は必然性がないかもしれないこと、変えたほうがよいことを指摘している可能性もあるという観点で、同記事の示唆は参考になる視点だと思います。

ちなみに、OECDによる対日経済審査の報告書では、定年制と合わせて次の点が挙げられていました。

【マクロ経済】
・物価2%を前提とした政策金利上げ
・予備費の抑制や独立財政機関の設置
・段階的な消費増税などの税収確保

【働き手の確保】
・定年制廃止による高齢者就労底上げ
・年功序列賃金からの脱却
・年収の壁など就労控え招く制度の廃止
・同一労働・同一賃金の徹底
・非正規労働者の被用者保険の適用拡大

【脱炭素】
・再生エネ利用の促進へのインフラ投資
・カーボンプライシングの迅速な導入

<まとめ>
何かの「前提」はもしかしたら、そこに必然性はなく、固定観念に過ぎないかもしれない。

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