見出し画像

従業員のエンゲージメントと役員報酬の連動

6月8日の日経新聞で、「役員報酬、働きがいに連動 日立や出光が導入」というタイトルの記事が掲載されました。従業員の仕事に対する意欲改善、投資家からの評価を高めることも狙いにしたものであると説明されています。

同記事の一部を抜粋してみます。

企業価値を生み出す要素として「人的資本」への関心が高まるなか、従業員のエンゲージメント(働きがい)と役員報酬を連動させる動きが広がってきた。経営層に働き手の意欲改善への動機付けを与えることで、生産性向上や投資家からの評価につなげたい考えだ。

日立製作所は役員報酬として追加交付する株式の基準額の10%相当について、24年度までの中期経営計画の目標達成率に連動させる。目標の一つに従業員エンゲージメントを盛り込んだ。やりがいや充実感など4つの問いに対する従業員の「肯定的な回答」の割合を68%以上にすることが交付の条件となる。

出光興産も23年度から取締役などの業績連動型株式報酬の20%をエンゲージメントと連動させる。エンゲージメントの目標達成度合いに応じて連動部分の水準を決める。京浜急行電鉄も23年度から環境関連の評価指標と並び、執行役員賞与の算定基準にエンゲージメントを位置づける。

エンゲージメントは働き手が仕事への熱意や組織への貢献意欲を持っている状態。2000年代以降、欧米で企業の生産性を高める要素として注目されるようになった。ただ日本企業の働き手の意欲は低いとの調査がある。米ギャラップが22年に発表した調査では日本でエンゲージメントを感じている従業員の比率は5%で、世界平均(21%)を大きく下回る。

少子高齢化で人手不足が強まる中、従業員のエンゲージメントを軽視すれば離職する社員が高水準で推移し、業務遂行にも支障が出かねない。

ソフトウエアや知的財産などの価値を生み出す「人的資本」を重視する観点から、投資家からもエンゲージメント改善への圧力が強まる。政府も22年に公表した人的資本情報の開示指針で、開示推奨項目にエンゲージメントを盛り込むなど、企業は働き手の意欲改善に向き合わざるを得ない。

人材コンサルのリンクアンドモチベーション(LM)が17年に発表した国内約200社を対象にした調査では、従業員のエンゲージメントが高い企業は、翌年の売り上げ伸長率や純利益伸長率が高い傾向にあった。同社の18年の調査でも、従業員エンゲージメントが改善すると、同じ期の営業利益率も上昇することが分かった。

欧米企業は先行する。外資系コンサルのWTW(ウイリス・タワーズワトソン)によれば、独DAXや英FTSEなど欧州の主要株式指数の構成企業約330社の3割、米S&P500種株価指数の構成企業の2割がエンゲージメントと役員報酬を連動させている。

国内主要企業約1100社を対象にデロイトトーマツグループが22年夏に実施した調査では、20社が従業員エンゲージメントを役員報酬の決定に活用している。WTWの宮川正康ディレクターは「エンゲージメントと役員報酬の連動は、日本は欧米より2~3年以上遅れてきたが、人的資本投資への関心が高まり開示ルールの整備も進むなか、今後、一気に広がる可能性が高い」と見る。

主要企業1100社のうち20社ですので、同記事のような制度を導入しているのは2%未満です。また、主要企業以外の企業は導入率がさらに低いことが想定されますので、まだ始まったばかりの動きだと言えそうです。これからさらに広がっていく動きになると想定されます。

売上や利益が上がるから従業員のエンゲージメントが高まるのか、従業員のエンゲージメントが高まるから売上や利益が上がるのかは、どちらが先とも言えない、鶏と卵のような関係かもしれません。いずれにしても、両者が影響を与え合う関係であろうということは、同記事などからも改めて想像できそうです。

思想家の安岡正篤氏は『思考の三原則』を提唱しました。長期的、多面的、根本的に物事を考えるのが大切だということです。

・長期的思考:第一は、目先に捉われないで、出来るだけ長い目で見ること。
・多面的思考:第二は、物事の一面に捉われないで、出来るだけ多面的に、出来れば全面的に見ること。
・根本的思考:第三に、何事によらず枝葉末節に捉われず、根本的に考える。

人材力は、(短期的にも当てはまりますが、それ以上に)「長期的」にその組織の力を大きく左右する要素となります。今いる人がいずれ組織を退出するといなくなるわけですが、良い人材がいる組織は良い新たな外部人材を引き寄せます。後から来た良い人材が引き続き組織をつくっていきます。

また、良い人材が指導・育成する人材は、良い人材に近づきます。よって、その人材が退出すればゼロになるわけではなく、何らかの成果やノウハウを残していくことになります。このように考えると、人材力がいかに長期的な影響を与えるかが改めてわかります。

人材力は、「人的資本」と言われることからも資本の一要素だとみなすことができます。「エンゲージメント」は、人的資本をつくり出す一要素です。よって、「エンゲージメント」は組織力を構成する全資本のうち細部の存在ということになりますが、重要な要素です。細部でありかつ金額などに換算しづらい指標のため、これまであまり注目されてこなかったのかもしれません。

こうした細部にあるもの、あるいは隠れている重要な要素に目を向け、その結果を経営・マネジメントに活かすということは、「多面的」に見るということに通じると思います。

他にも、このエンゲージメントと似た要素があるかもしれません。例えば、研究開発への投資状況です。仮に、同業界、同じ売上高、同じ利益額、同じ株主還元度合いのA社とB社があるとします。A社が将来のために研究開発費を多く使っている一方、B社がほぼゼロだとすると、利益率など話題になりやすい表面的な財務指標は同じであっても、A社のほうが将来的に優位性がありそうだと考えられます。

従業員のエンゲージメントが高いということは、その組織がエンゲージメントを高めるためにヒト・モノ・カネ・情報・時間を投入する(=投資する)活動をしているということです。投資しているということは、それだけエンゲージメントが競争力を左右する重要な要素だと考えているからです。

・エンゲージメントも含め、自社が大切だと考える投資対象が何かを特定できているか
・それらの特定でヌケモレなく、長期的、多面的、根本的な視点でなされているか
・特定した要素を高めるための十分な投資ができているか

今後の経営・マネジメントを考える上で、必要な視点だと思います。

<まとめ>
自社が大切だと考える指標を定義し、それを高めるために投資する。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?