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ジャパン・レール・パスの目的を考える

9月25日の日経新聞で「JRの外国人パス値上げ 訪日客価格、手本は途上国」というタイトルの記事が掲載されました。訪日観光客向けの「ジャパン・レール・パス」の大幅値上げをするというものです。

同記事の一部を抜粋してみます。

10月1日、JRグループが大幅値上げを実施する。購入方法によるが、上昇率は普通車で49~69%、グリーン車56~77%になる。ただし一般の日本人はほぼ関係ない。対象は訪日観光客が買える全国乗り放題の「ジャパン・レール・パス」。売れ筋の7日間用だとこの上げ幅になる。

今の7日券の店頭価格は東京・大阪間の新幹線往復と大体同じ。「サービス拡充の結果」(JR)とするが、制度を知る日本人からは以前から「不公平だ」との声があった。近年は利用者も急増し、物価が高い国だった頃に始めた大盤振る舞いが難しくなった。

新型コロナウイルスの流行前、日本の観光はアジアの新中間層が大量に来日するオーバーツーリズムに悩んだ。円安の今は新たな課題に直面する。物価と所得の内外格差だ。

日本政府観光局(JNTO)は毎年、海外駐在員を集め、日本の旅行会社などに各国・地域の現状と予測を報告する。今年言及が増えたのはこの格差だ。「1人あたり国内総生産(GDP)は日本の2倍」(北欧担当)などの数字を挙げ、高付加価値ツアーの準備と強気の価格設定を促した。

インバウンド再開で列車やホテルの予約が取りにくくなった。需給逼迫と訪日客の経済力が価格を押し上げる。新規開業の宿泊施設は都市の高層ホテル、地方の古民家改装宿など外国人狙いの高級物件が目立つ。東京・六本木には1杯1万円のラーメン店が現れた。1つの国土に2つの経済圏が存在するかのようだ。

都市に富裕層が増え一般人が住めなくなる現象をジェントリフィケーションと呼ぶ。バルセロナなどでは住宅がホテルや民泊になり家賃が高騰、「反・観光」運動が起きた。日本はサービス分野で似た現象が始まりつつある。表向き「お金を落としてくれる」と歓迎しても内心で反感が募る。

解決法の一つに浮上しているのが二重価格制だ。外国人客には価格や料金を高く設定し増収増益、地域インフラ維持、需要抑制につなげ、日本人には手の出る価格を保つ。個人的にはネパールやカンボジアで自国民は無料の広場、遺跡で入場料を払った経験がある。観光大国タイは多くの施設で外国人料金を設ける。

ビジネスの現場ではソフトなすみ分けがこっそり始まっている。物販で「松竹梅3段階の価格を用意すると日本人は竹、外国人は松を選ぶ」(インバウンド業者)、宿泊なら海外向けには文化体験を組み込んだ高めのプランを前面に、といった具合だ。これなら既存の顧客も傷つかない。

残る課題は「こっそり」とはいかない施設類の入場料だ。「外国人だけ高くするのは差別ととられかねない。正規料金を上げ、住民は割り引く形になるのでは」と観光政策関係者。マレーシアの水族館ではマイナンバーカードにあたる証明書を見せると割り引きになる。外国人旅行者は正規料金で、事実上の二重価格だが露骨な感じは薄れる。

長く日本の観光の手本はフランスだった。国民がバカンスを楽しみ外国人はその土台に乗る。今後は外国人に頼って成長する新興・途上国のマーケティングに学ぶ場面が増えそうだ。

ジャパン・レール・パスは、JRグループ6社が共同して提供するパスで、JRグループ6社の鉄道全線が利用できるものです(東海道・山陽・九州新幹線の「のぞみ」・「みずほ」が利用できないなど一部利用制限があります)。

私も出張中に新幹線の「ひかり」や「こだま」を利用すると団体の外国人旅行客を見かける機会がありますが、多くがこのパスの利用者だと思われます。

2023年9月現在の料金は、海外のJR指定販売店・代理店で購入の場合で、7日間のパスが大人29,650円となっています。一方で、私たち日本在住の利用者の場合、東京~新大阪の新幹線片道で指定席大人(通常期)が14,720円です。同パスが東京~新大阪の往復料金とほぼ同じとなります。東京~新大阪の往復+1回の鉄道利用で、通常料金より節約可能になるというイメージです。

一定期間内に自由に利用できるパスに、決まった値段の付け方があるわけでもありません。よって、今の値付けが間違っているとは言えませんが、7日間である程度の鉄道移動をする旅行者にとっては格安の料金設定だと言えます。

同テーマに関して、一部の人のみ適用(この場合は、外国人旅行者のみ)とすべきか、適用する場合に料金をどうするのか、そもそもの目的は何なのか、というのが論点になりそうです。

同記事にある外国人旅行者を別料金設定している例は、いずれも自国民より高く設定しているケースのようです。これは憶測ですが、観光資源を維持するために、財力のある外国人旅行者からその費用を徴収させていただくという目的だと思われます。

関連サイトによると、ジャパン・レール・パスが発売されたのは1981年からのようです。当時からしばらくは、日本が世界で最も物価の高い国の筆頭だった環境でした。憶測ですが、訪日旅行に興味があるものの日本に来ることが費用面で割高になる外国人に対し、訪日旅行を促す一環というのが当初の目的だったのではないかと思われます。

同記事の指摘する通り、この目的は今の経済環境下では必要性が低くなっています。今では訪日旅行者の方が、日本円換算で日本人よりはるかに高い財力を持っているからです。格安のパスで訪日を促さなくても、十分に訪日できます。

そうはいっても、外国人旅行者の置かれた経済状況も様々です。そこまでの余裕がなく、これまでに訪日旅行をしたことがない旅行者予備軍に新たに来ていただくことを促すパス、という目的を持たせるのもありかもしれません。ただ、現時点の訪日客数でも観光インフラ・対応する人手がひっ迫している日本の状況において、この目的は持たせにくいのではないでしょうか。

だとすると、一部の人を別料金にする目的としては、以下の2つが考えられます。

1.たくさん使ってくれる人に対し、お礼として割引する
2.そのインフラやサービスを維持するために、追加の支払いをお願いする

1.2.ともに、国籍などの属性に関係なく導入されている例もあります。1.は、まとめ買いすると割引になる売り方や、娯楽施設の年間フリーパスなどがその例です。2.は、航空券のファーストクラスなどもその例だと言えます。航空機という便利で効率的な移動手段の維持を収支の面で大きく支えてくれる存在は、エコノミークラスと比べて極端に高いファーストクラスを利用してくれる乗客です。

同記事にある外国人料金の例は、2.に近い目的によるもので、外国人という一部の人に対象を限ったものと考えることができます。JRグループがジャパン・レール・パスを最終的にどういう目的と位置づけ、どのような料金設定にするかは、検討次第です。

いずれにしても、下記のことが言えるのではないでしょうか。

・ある環境下で有効だった目的が今では有効でなくなってしまっているかもしれない
・その場合、同様の施策を維持するなら、改めて目的の定義が必要
・目的が見いだせないなら、その施策は廃止の検討対象

普段所属している組織の中にも、上記と同様の例は存在するのではないかと思います。同記事からはそのように感じました。

<まとめ>
ある施策の目的とされることが、今でも目的として有効なのか考えてみる。

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