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【映画レビュー】映画のための映画【ホーリーモーターズ】

作品情報

邦題:ホーリー・モーターズ 原題:Holy Motors (2012)
監督:レオス・カラックス
フランス映画だったので、今回は英語紹介できません。

あらすじ↓

ひとつの人生からもうひとつの人生へ、旅を続けるオスカーの1日。ある時は富豪の銀行家、またある時は殺人者、物乞いの女、怪物、そして父親へと、次々に姿を変えてゆく。オスカーはそれぞれの役になりきり、演じることを楽しんでいるように見えるが…、どこかにカメラはあるのだろうか?ブロンドの運転手セリーヌを唯一の供に、オスカーはメイク道具を満載した舞台裏のような白いリムジンで、パリの街中を移動する。行為の美しさを求めて。アクションの原動力を求めて。そして彼の人生に登場した女たちや亡霊たちを追い求めて。だが彼の家、家族、そして休息の場所はいったいどこにあるのだろうか?

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感想(ネタバレなし)

レオス・カラックス監督の作品はこれが初めてです。ナンセンス的な映画作品。一つ一つのシーンの意図を読み解くのは難しいが、全体としてのテーマは案外読み取りやすいかも。単に物語が好きで映画を観ている人には合わないと思います。


感想・考察(ネタバレあり)

主人公のオスカーが様々な役割を演じながら映画が進んでいく。

正直いって、一つ一つのシーンは意味不明でした。なんとなくこういうことを言いたいのかなぁって部分だけを抽出します。

(ⅰ) 冒頭の映画館の観客、よくよく見ると全員寝てますね。映画館にいなが 
  ら映画を観ていない
(ⅱ) キーワードとしては、主人公オスカー、運転手セリーヌモーター

途中で入ったインターミッション(映画の途中休憩)のシーンで、
「あ、いま見てる映像は冒頭で放映されている映画なんだ」
とやっとこさ気づきました。

そうなると、
オスカー=監督
セリーヌ=観客
モーター(動力)=オスカーとセリーヌを唯一つなぎとめる場所・環境・空間
という図式が出来上がるんじゃないか。

他に分かり易いシーンは、変なおっさんが急にリムジンの中に出てきてオスカーと問答を始めるところですよね。

おっさん:「君が仕事を続ける原動力は?」
オスカー:「行為の美しさ」
おっさん:「"美しさ"は見る者の瞳の中にあるという」
オスカー:「見る者がいなければ?

映画を撮るということにおいて、"観客"という要素は必ず入り込んできます。その観客(見る者)がいないなら、、、。と自問してますよね。

そうなると(ⅰ)で書いたように観客が寝ていた(映画を見ていない)のも伏線となって、監督は自分と観客が切り離されている悩みを映像化したのではないでしょうか。

セリーヌともほぼモニター越しに会話しているし、ラストシーンでも仮面をかぶり各々の次の行動に移っていく。私たちにも

またラストシーンでは、車(モーター)たちが会話しています。
"モーターを欲しがらない"、"行為を望まない"
監督と観客のコミュニケーションを観客側が放棄していると訴えたいのかな。

自分みたいに映画館に行かずサブスクで見てる人たちへの皮肉?
映画を単なる消費コンテンツとして捉え、作り手の考えを考察しない人たちへの皮肉?それとも、あたかも批評家の様に映画についてNOTEを書く者への皮肉でもあるのか。

良くわからないです。

ただ無理やりテーマを要約するとすれば
誰かの存在/誰かのためを考えるのはもうやめよう
ということだと思いました。


映画を観た後に、どう捉えるかを友人と語り合える映画は間違いなく良い映画であるといえますね(監督本人が評価を望んでいるかは別として)。

評価は7.5/10

※全て個人の感想です

ではまた!

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