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ブルーマンデー③

 気づいたとき、雨はすでに降り止んでいた。
 目の前では吉川さんが静かに寝息をたてている。
 ぼんやりと半覚醒のまま振り返ると、司書のじいさんがいない。
 腕時計に目を落として十秒間ほど経ってから、僕は大声を上げて立ち上がった。
「吉川さん!ちょっと起きて。頼むから!」
 慌てて吉川さんに近づき、乱暴に揺さぶる。彼女はやっとのことで半目になって僕を見上げた。
「吉川さん、聞いてる?今、まだ下校時刻まで少しあるんだけど、僕は今日用事があって、もう帰らなきゃならないんだ。それで時間がないから先に出て行くけど、吉川さんも下校時刻までにはちゃんと帰るんだよ。わかった?学校、閉められるからね。」
 言い聞かせると、僕は早口で付け加えた。
「それから本は本棚に戻しておきなよ。またじいさんにぶつくさ言われるんだから。」
 このままでは母さんだけでなく、家族全員に文句を言われる。夕飯までに間に合うか……。
 僕はスーパーマーケットへと走った。
 
 携帯電話が鳴り出したのは、深夜遅くのことだった。
 スーパーを主婦たちに交ざって奔走し、ぐったりと疲れきった僕は、数学の課題をそっちのけで深い眠りについていた。
 最初は意識の底で響いていた着信音も、あまりしつこいので気にせずにはいられなくなった。
 暗闇の中、手探りで携帯を掴み、くぐもった声で応答する。
「……はい。」
『管野。』
 電話口の声に、僕はのろのろと起き上がった。
「吉川さん。今、何時だと思ってるの。」
『ごめん。悪いんだけど、学校まで来てくれない?』
「なんで……今から?」
『うん。』
 頭の動きが悪い。何も考えられず、ただ口から呻き声がもれた。
「勘弁して。どうして僕がそんなことしなくちゃならないの。」
『いいから。早く来てよ。』
「だから、なんで?」
『いいから、早く!』
 吉川さんの声は震えているようだった。僕は苛立ちを押さえ込み、なるべくきつい口調にならないよう話した。
「わかったから理由だけ教えて。こっちだって、なんだかわからないのに行くのは納得できないよ。」
 彼女はいつもの彼女らしくなく、長いこと躊躇(ためら)って何も言わなかった。
 僕がそろそろ電話を切ってしまおうかと思うころ、やっとぼそりと呟く声が聞こえた。
『寝過ごした。』
 ねすごした。
 僕は寝ぼけた脳みそをたたき起こし、その言葉の意味を時間をかけて咀嚼する。頭の働きが遅い僕に、吉川さんが開き直ったように言葉をそえた。
『あのまま、図書室で寝過ごしたの。』
 僕は一瞬固まり、その意味を飲み込んだ。
「今、行く。」
 ジャージ姿のまま、片手に携帯電話だけを持つ。
 僕は家族を起こさぬよう、息を潜めて家を抜け出した。


つづく

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