卵管造影検査と喫茶店のモーニング・後編 ー不妊治療エッセイ③



前回の続き。

さあ、いよいよ卵管造影検査だ。
まずは準備のために管を通します、と内診室に促され、診察台に乗る。カーテンではなく壁に向いて座る椅子になっていて戸惑ったが、台があがるとともに90度回転した。なるほど、こういう仕組みなのか。やけに首が上がるなと思いながら上向きになると、白い天井がプロジェクターで超音波の様子を写すモニタースクリーンになっていることに気づいた。ここに来る妊婦さんたちは、ここで星を見上げるようにして、おなかにいる我が子を仰ぐのだな。なんともロマンチック。そんなことを考えながら、まずは超音波で問題ないか見てみます、と言われるがまま、空っぽのおなかを見る。黒く写る卵巣嚢腫の影だけが空しい。

「大丈夫ですか~?」
カーテン越しに明るい声。
レントゲン技師さんなのか、看護師さんかのか、その女性は経験豊富な様子で、緊張する私に話しかけてくれる。痛いって有名な検査ですけど、生理痛程度ですよ、と。おじいちゃんの院長先生も、卵管がつまってなければ痛くないよ、と優しい声が聞こえる。検査のために消毒したり、器具を挿入されたりした後、レントゲン室に向かう。


器具をつけたままヒョコヒョコ歩き、今度はレントゲン台に上がり仰向けになる。台の横の金属トレイに注射器のようなものと手術用のハサミが入っていて少し怯む。下半身に何かをした後、造影剤を流していきますね、と告げすぐに別室に技師さんと思われる女性が入る。一人で取り残され多少不安を感じながらも、すぐにどこかから「痛くないですか?」のアナウンスが聞こえ安堵する。


そのまま数分程度経っただろうか。天井から聞こえる終了です、の声とともにあっけなく検査が終わり、おじいちゃん院長が「ね、痛くなかったでしょ」と微笑みながら器具をはずす。拍子抜けするくらい痛くなかった。途中、お腹を壊したときのような痛みがあり焦ったが、それも慣れれば平気だった。激痛を訴えるあの数々のブログはなんだったのか、と思っていると、技師さんが、油性から水性の造影剤になったこともあって、最近はそんなに痛くないんですよ、でも頑張りましたね、おつかれさまでした、と労りの言葉をかけてくれた。下着を履き、診察室に戻り、どちらの卵管も問題なく通ってますね、と子宮のレントゲンを見ながら説明を聞く。結果に安堵しつつも、じゃあなんで妊娠しないんだろうなと苦い気持ちを覚える。


院長先生の「次は妊娠して来てね」という言葉に押されなから、診察室を後にした。約三十分。会計は一万円強なり。今日はちゃんと持ってきた。

次は、妊娠して来れるかなぁ。

◇◇◇


さて、検査を終えた今。

外食が苦手な私は、普段決して行くことのない近所の喫茶店に思い付きで入ってみた。モーニングを頼み、外はカリッと、中はふわふわの厚めのバタートーストをかじりながらこれを綴っている。ミルクコーヒーに溶けた黒糖が甘くやさしい。


ベーコンと共に焼かれた卵をつつく。半熟の卵が割れ、お皿にポタポタと黄身が落ちる。

たまご。


私の中のたまごはあといくつあるんだろうか。

私の中のたまごは、いつか赤ちゃんになるのだろうか。

そんなことを思いながら、そもそも今の私は本当に子供が欲しいのだろうか、と考える。

子供が欲しいのか、期間限定のキャンペーンを逃したくないだけなのか。あるいは、夫を父親にしてあげたい、という気持ちが大きいのか。

一ヶ月前に不妊治療を本格的に始めたときから自分に問い続けているが答えは出ない。あるいは、喫茶店という環境で考えたからといって、芸人や小説家のネタのように思い付くものではない。どの気持ちも自分の中にあるが、いずれにせよ、未来の自分が後悔しないための先行投資のような感覚で不妊治療している。

隣の席では就職活動中の男子学生が、向かいにいる初老の男性に相談をはじめたところだった。まだわからない未来。不安ながらも、将来が決まっていないという状態は高揚感ときらめきに満ちあふれている。

私は冷めたコーヒーの最後の一口を飲み干し、喫茶店を後にした。

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