京都紀行 〜船岡温泉〜

繁った蔦は禁断の扉を覆い隠していた。船岡温泉は建勲神社の後ろにひっそりと君臨している。
私が立ち尽くしていると、禁断の扉はオートマチックに開いた。
番台は乗船場のゲートのようで、端にありながらも堂々たる存在感。
430円の切符を手にしいざ出陣である。

脱衣所には大判鏡、すすけた壁を延ばして部屋を大きく見せている。
部屋の隅には壊れた水色の体重計と、水飲み場がある。

はっ!と視線を感じ、見上げるとちょうど男女の脱衣所の仕切り部分に巨大な赤天狗の顔がかっちりと埋め込まれていた。

大湯釜を備えた湯船へは石造りの短い橋を渡る。
途中打たせ湯で入浴のための清め。
いざ湯船へ。
浸かると同時に身体の芯から指先までが弛緩、湯と一体となる。

入り口と対角線上に「露天」の文字。
恐る恐る暗がりを突き進むと中庭のようなところに檜の湯船を発見。
茂る多様な南国風の植物と石造りの女体像。丸くくり抜かれた屋根は空を切り取っている。
その真下には小池がある。

水面が揺れた、首を伸ばして池の底を眺める。そこには巨大な鯉がどっしりと構えていた。前には進まず、尾びれをひらひらと動かしていたのだ。顔はまるで人面のよう。目元の彫りが深く、口は他の魚のように尖ってない。奇妙にも微笑して前だけを見つめていた。
黄金の鱗は時に反射し、水面に屈折して映る光が美しく眩しい。

こいつは銭湯の神なのかもしれない。
ふと思った。稲荷大社の狐が化身するみたいに湯の神も姿形を変えここに現れたのかもしれない。
少なくとも、この銭湯で最も偉いのはこの鯉なんだろう。

檜の香ばしい匂い、しっとり湯気の中、湯の神を見つめてたらすっかりのぼせてしまった。
そろそろ出ようか。冷やしあめでも飲んでやろう。

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