何処までもやせたくて(90)計画的過食

29.5キロ。

起きてすぐに測った体重の数字が、朝の散歩に出た今も、目に焼きついている。
伯母の家に来て、一気に4キロ以上も増えた体重。
四捨五入すれば、もう、30キロ台だよ。

でも、ショックはショックだけど、これでいいんだと、言い聞かせる。
これは、あの人に連れ戻されないようにするための、計画的過食の結果にすぎないのだから。

母がこっちに来るという約束を破った日、ガッカリした気持ちのあとに、冷たいあきらめのような心がやってきて、私のなかに居座った。

私がどうなろうと、あの人には二の次なのだから、私は私で自由にやっていく。
何があっても、あの人にいる実家になんて帰りたくない。
このまま伯母の家、いや、できればまた一人暮らしをしたい。
そのためには、見た目をもう少し元気そうに変えないと。

体重でいえば……
30キロ台になれば、大丈夫だよね。
20キロ台で死んだ人の話は聞いたことあるけど、30キロ台なら、普通に働いてる人だっていっぱいいるもの。
一時的に30キロ台にして、一人暮らしできるようになったら、またダイエットすればいい。
これはリバウンドじゃなくて、計画的な過食なのだから、その気になれば、いつでもやめられるはず。

そう思いながら、ありえない食事を1週間続けた結果、事実上30キロ台に戻った私の体は、見た目もサイズも、すっかりデブってしまった。

でも、これはあくまで、あの人を欺くための仮の姿。
計画的過食をやめれば、本来の私に戻れるはず、いや、絶対に戻らなきゃ。幸い、伯母たちは私に同情的だし、計画的過食を、治るための頑張りだと信じてくれてる。
伯母たちを味方につければ、あの人が上京しても、3対1で勝てるんじゃないかな。

散歩から帰ると、伯母が不機嫌そうな、それでいて申し訳なさそうな顔で、
「……あのね、さっき電話があったんだけど」

「もしかして、お母さん?」
内容までもピンと来て、確認してみると、
「そうなの。じつはね、今度の週末も来られないみたいで……」

やっぱりだ。
しかも、前は私の携帯にも電話くれたのに、今回はそういうフォローもないんだね。

「ごめんなさい、来週は必ず、って、何度も言ってたわよ。
こっちからも、電話してみる?」

「ううん、忙しい人だから、仕事の邪魔になるといけないし。
それより……伯母さんにちょっとお願いがあるの」

なんとなく、今がチャンスという気がして、
「前も言ったけど、私、実家には帰りたくないんです。
大学の勉強、遅れたくないし、そのために頑張って食べてるのに。
できれば早く、自宅に戻りたいな、って。
だから、母がもし、一緒に帰ろうって言っても、ちゃんと食べられるようになってきたから大丈夫、って、伯母さんからも言ってほしいんです」

「…………」

伯母の沈黙も、なんとなく予想できたけど、しばらくして、出てきた言葉は意外だった。

「そんなこと言っても、私も伯父さんも専門家じゃないし……
そうだ、ちいたんが通ってるクリニックの先生に、ちょっと意見きいてみたら?
次の月曜、通院日だって言ってたじゃない」

えっ、クリニックに通ってる、なんて、嘘なのに。
カメラマンのGさんの個展で知り合った、相川さんのいるクリニックに、表向きには通ってることにしてあるけど……
次の月曜も、出かけるだけ出かけて、あとはてきとーに時間つぶして、
戻ってくるつもりだった。

どうしよう、意見なんてきけるわけがないよ。

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