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「きみが死ぬとき思い出す女の子になりたい」第二話

あらすじ

沙奈はバンド[くる]の元バンドスタッフ。
ある日、想いを寄せていた[明くる日]のギター颯人が突然亡くなったことを知る。

葬儀にも参列したが、颯人が死んでしまったことをしばらく受け入れられず途方にくれていた。
もう颯人がいないと分かっていながらも、思い出を噛みしめるように、ひとり颯人の家に向かって歩いていると、沙奈の前に一匹の白い野良猫が現れ話しかけてきた。

もし人生で一度だけ過去に戻れるなら、あなたはどの日に戻りたいですか?

音楽家、文筆家であるさめざめ笛田サオリによる恋愛小説

#創作大賞2023 #恋愛小説 #小説


第一話はこちらから

『もう寝た?』
颯人さんからその一言のラインだけで一気に眠気が覚める。
ヤバ、どうしよう、なんて返そう。

悩んでるとまたすぐにラインがきた。
『ビール付き合ってよ』

そう言えばホテルのチェックインをする前に隣にあるセブンでビールを2本買ってた。
『ビールの相手、私でいいんでしょうか』
『ユウは彼女と電話してるみたいで、マッサンは疲れたからもう寝るって』
考えるよりも先に返事をしていた。

『私でよければ』

本当に颯人さんは誰かとお酒が呑みたいだけ。
それに付き合うだけ、私はそれに付き合うだけ、呪文のように唱えつつもさっきよりも胸の高鳴りが早いことに気づく。

急いで髪の毛を乾かして、すっぴんは見せたくないので軽くファンデを塗って、眉毛を書いてアイラインを引いてリップを塗った。

10分後に部屋のドアがノックされた。

コンコン

ドアを開けるとビールとタバコを持ったお風呂上がりの颯人さん。

「ユウに沙奈ちゃんを部屋に連れ込むなって言われたからやってきました」
「なるほど‥どうぞ」
目を合わせて笑う。

部屋に入ると颯人さんは当たり前のようにすぐベッドに腰掛けた。
私は窓際の机とセットになってる椅子に座った。

シャワーに入ってから来たからか、髪が濡れていてさっきとは違うTシャツに短パンの格好。いつも家だとこんな感じなのかな。

「はい、ビール」
「ありがとうございます」

缶ビールで乾杯をする。
実はビールだってそこまで好きではない。本当は甘いチューハイの方が好き。
でも颯人さんと呑むビールはいつだって美味しい。だから打ち上げに参加する時は同じビールを呑んでいるだけ。

颯人さんは酔っ払ってる時のほうがよく喋る。
普段、無口だから饒舌になるこのギャップも好きだ。
ライブ音源を携帯で流しながら、今日のライブの反省会を勝手にして盛り上がる。

ふたりとも同じくらいのタイミングで缶ビールが空になった。
「もう二時過ぎてるし寝るか」
「そうですね、ありがとうございました」
本当にビール呑みに来ただけだもんね、それはそうだ。
颯人さんがベッドから腰をあげる。

「明日もスタッフよろしくね」
少し頬を赤らめた颯人さんが可愛い。
「任せてください!!」
ピースサインをして戯けてみる。

部屋に戻る颯人さんをドアのところまで見送りに行く。

「あ‥」
まわしていたドアノブの手が止まる。
「何か忘れものしてます?タバコ?携帯?」
「いや、違う」

颯人さんは振り返って、私の背に合わせて少し屈んだ。

颯人さんの唇が私の唇にそっと触れる。


それは本当に0.01秒くらいの出来事


突然のことで声が出なくて目を丸くしたまま颯人さんを見つめてしまった。

「‥あの‥これって」

「忘れもの」

「え‥」

「いやだった?」

「‥いやじゃないです」

ずっと我慢していた想いが抑え切れなくなった。

「あの、私、あの、あの、好きです」
思わず口走ってしまった。


数秒間、沈黙が続く。

その沈黙が答えな気がしてすぐに後悔した。
言わなきゃよかった。

「ありがとう」
「あの、颯人さんって彼女いるんですか?」
「いないよ。東京戻ったら呑みに行こうな」
「え?あ、はい」
「じゃあ、おやすみ」
「はい‥おやすみなさい」

颯人さんはそのまま振り返らずに自分の部屋に戻っていった。
この状況がいまだに把握できない。
慌ててこんなタイミングで彼女がいるのか聞いてしまった。 
絶対に聞くべきではなかったタイミングだったんだ。
あそこで言わなかったら、そのままそんな流れになっていたのだろうか。

いや、でも別にそんな軽い気持ちで好きなわけじゃない。

颯人さんはどんな気持ちで私にキスをしたんだろう。

テーブルの上の灰皿にキレイに置かれた3本の吸殻をただじっと見つめる。

体は疲れてるはずなのに全然眠れない。
唇に違和感だけが残ってる。思い出すほどに体がじわじわと熱くなっていく。

ねぇ、東京に戻ったらこのつづきはあるの?

次の日の朝、颯人さんは少しだけ寝坊して10時過ぎに一階に降りてきたけどいつもと変わらなかった。
私も何もなかったかのように振る舞うようにしたけど、あのキスのことが頭から離れなくてマッサンとユウさんにバレないようにするので必死だった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ツアーから戻ってきて2週間、颯人さんからは連絡はなかった。
楽曲のコンペの締め切りがあるとは聞いてたけど、東京戻ったら呑もうと言ってたのは嘘だったのだろうか。

一度だけ当たり障りないラインはしてみたものの、思ったより素っ気ない返事でラインは終わってしまった。

あれから寝ても覚めても颯人さんのことばかりを考えてしまっている。
颯人さんと今度会ったら何の話をしよう、どこに行こう、勝手に色々な妄想ばかりを繰り広げて、バイトでオーダーを間違えてしまったり、歩いてて何もないところで急に転んだり、あまり更新しない颯人さんのツイッターを1分に一度は見てしまったり。

今日も特に連絡がなかったなと落ち込みながら、バイト終わりで東横線で帰っていると、私も入ってるバンドのグループラインでマッサンからラインが来た。

『沙奈ちゃん、この前のツアーで立て替えてもらった分のお金いくらか教えてくれない?
あとユウと颯人、今日の打ち合わせなんだけどバイトのシフト変えられなかったからやっぱり今夜はなしでごめん!』

今日、バンドの打ち合わせだったのになくなったんだ。
『マッサン、確認してまたラインしますね!』
すぐにグループラインに返信をした。

じゃあ颯人さん今夜は時間空いたのかな。
それなら私からラインしてみようかな。
でもなんて言って誘えばいんだろう‥

すると、トップ画面に颯人さんの名前が表示された。ラインが来た。

え!!!

『今日、打ち合わせなくなったみたいだから呑まない?』

私も誘おうとしていたのですぐに既読をつけてしまった。
『私も同じこと思ってました!』
『梅ヶ丘によく行く焼き鳥屋あるんだけどどう?』
『いいですね。焼き鳥食べたいです!』

自分が会いたいと思ってるときに颯人さんも会いたいと思ってくれるなんて恋人みたい。
横浜方面の電車を自由が丘で折り返して梅ヶ丘に向かった。

梅ヶ丘に着くと急いで駅のトイレで化粧をなおした。
こうなるんだったらもっと可愛い服着てくるんだった。
前髪を何度も何度も手ぐしで整える。

梅ヶ丘駅の改札をでると、いつもと変わらない颯人さんが立っていた。
「お疲れ様です!」
「おつかれ。今日打ち合わせなくなってさ」
「みたいですね、私もいるラインでマッサンそのこと送ってたから」

焼き鳥屋さんはいつもユウさんとマッサンと来てるお店らしい。
カウンター8席とテーブル席が4席しかない小さなお店で、席と席の間隔が狭く近い距離でカウンターに並んで座った。
ふたりで居酒屋で呑むのは初めてだ。なんかデートみたい。

颯人さんがビールを頼むので私もビールを頼む。
早く酔ってしまいたい。そのほうが私もきっと普通に話せる。

呑んでてもツアーの時のキスの話なんて一切なくて、ただただずっとバンドのこと、好きなアーティストの話を私にしてくれた。

「CDが売れない時代とかインディーズとかメジャーとか関係ないって言われるけどさ。やっぱりたくさんの人に知って欲しいし、フェスにも出たいし、そのためには大人がつかないとどうにもならないんだよな」

「そうですよね。でも本当、今度出す新曲もすっごく良いし、この前の新曲のYouTubeも再生回数だんだん伸びてきましたよね」

「ほんの少しだけね。でも俺たちSNS苦手だし、ライブハウスでやってもお客さんがつくことも少ないし、ここからどうやってお客さん増やせば良いか結構考えるよな。世の中の売れてるやつはどうやって大人に知ってもらえたのか知りたいわ」
酔っ払ってきたのか颯人さんが熱く話してくれる。

「私もできることはなんでもします!本当に本当に[明くる日]が好きなんです。絶対に売れて欲しいんです」

「売れたらスタッフできなくなっちゃかもよ?」

「それは嫌ですけど‥でも売れて欲しい気持ちの方が強いです」

「そっか」そう言うと、颯人さんは嬉しそうに笑った。

ふたりとも5杯くらい呑んでかなり酔っ払った。
焼き鳥も美味しいはずなのに、緊張しすぎて味があんまり分からない。

「俺さ思うんだけどさ、沙奈ちゃんって言葉のセンスがあると思うんだよね」

「言葉ですか?あまり考えたことないけど」

「よくnoteにうちのライブレポを書いてくれるじゃん?あれ読んでると本当に俺たちって良いライブしてるんだなって感じるんだよね」

「それは本当に良いライブしてるから」

「沙奈ちゃんは書くってことを仕事にしたらいいのにって思ったりするんだけどね」

「仕事にするなんて考えたことなかったな。[明くる日]が好きだから書けてるだけだし」
「そうかなー」

携帯を覗くと0時をまわっていた。
うわ、終電逃してる。確か、梅ヶ丘からの終電は23時41分だった。
終電時間は事前にチェックはしていたけど、楽しすぎて携帯を見ていなかった。

携帯を見て呆然としていると颯人さんが私の顔をそっと覗く。
「もしかして終電なくした?」
「あ、はい。でも途中までは帰れるんで大丈夫です」
「途中までって言っても家って横浜の方だよね?」
「そうですね、東横線の大倉山です」
「遠っ!うち近いからくる?」

思わず颯人さんの顔を見ると、私のことをじっと見つめてる。

「いやいや、それはそれは流石に」笑ってごまかす。

「この前のライブ映像観ようよ」
「え、あ、それは観たいですけど」
「じゃあ決定」 
そう言うと、お会計をスマートに済ましてくれた。

ずるい、そんなこと言われたらライブ映像観たいって言っちゃうよ。
ずるいのは私もだ。ちゃんと気をつけていれば帰れたずなのに、時間を気にしたくなくてあえて携帯を見てなかった。
颯人さんの家が梅ヶ丘なのも知っていた。
だからもしかしたらなんて思ってたけど本当にそうなるなんて。

駅前のファミマで缶ビールとおつまみとアメスピと颯人さんが朝ご飯に食べたいバナナを買って、街灯の少ない住宅街をふたりで千鳥足で歩いていく。

「あ、白猫がいる」
颯人さんが通り道の家の玄関から出てきた猫を指さした。
上品な白い毛並みの大人の猫がこちらに気づきそのまま止まっている。お互い見つめ合った状態になった。

「ほんとだ、白くて可愛い。ここの飼い猫なのかな」
「でも、首輪ついてなくない?」
白い野良猫は私たちの会話が分かるかのように私たちの方に近づいてきた。

「人間に慣れてんな。おいでおいで」
「ミャー」
まるで餌が欲しいと言ってるように、私たちの前で寝転がりお腹を見せてきた。

「かわいいなぁ。お腹すいたのか?あーきみが食べれそうなもの何も持ってないやー」
颯人さんが野良猫に優しい声で接する。

「あ、バナナって確か猫いけますよ」
「え?俺のバナナあげんの?」
まるで子供がお菓子を取られそうで嫌がってるような顔してる。
「別にあげなくてもいいんですけど」

颯人さんは軽いため息をついて、コンビニのビニールの中のバナナを袋から取り出して、皮をむき少しだけもぎって猫にあげた。
「特別だぞ。明日も生きろよ」
「猫さん、バイバイ」

そう言って、猫が美味しそうにバナナを食べるのを途中まで見て、その場を後にした。

「バナナ食う?」
さっきの残ったバナナを差し出される。
「あ、はい」颯人さんに差し出されたバナナをそのまま大きな口を開けて頬張る。
その後、颯人さんもバナナを頬張る。

「おじゃましまーす」
颯人さんの家はちょっと古めの三階建のマンションの二階で、ワンルームで部屋にはベッドとギターや機材だらけだった。

「床、座れるところ少ないからベッドに座って」
「は、はい」

特に女性の影もなく、音楽だけのことを考えてる部屋だった。
さっきまではしゃぎながら歩いて帰ってきたのに、颯人さんの部屋にきた途端、緊張が振り返してくる。颯人さん、当たり前のように私の隣に座ってくるし。

「この前のライブ観る?」
「はい、観たいです」
Macを開いてこの前のツアーのライブ映像をふたり並んで観る。

「早く次のライブしたいなーあの感覚、忘れたくない」
「そうですね、またこのセトリでやって欲しいです」

私も颯人さんもかなり酔っ払っていて、コンビニで買ったお酒が全然進んでない。
ライブ映像を観てはいるけど、隣に座ってる颯人さんのことが気になって仕方ない。距離が近すぎるよ。

「沙奈ちゃん、タバコ吸う?」テーブルにある灰皿を差し出してくれた。
「あ、実は私今日忘れちゃって」
颯人さんと会うときしか吸ってないから、今日は突然でアイコスを持っていなかった。

「だから今日吸ってなかったんだ。じゃ、これ吸いなよ?」
自分が持ってるアメスピを一本差し出す。

「じゃあ一本だけ」
タバコを貰おうとすると、タバコよりも先に颯人さんの唇が触れた。

この前のキスよりも少しだけ長いキス。

この前は目を閉じるの忘れてしまったけど、二度目のキスは目を閉じる時間があった。もう少しこのままキスしていて欲しい。

あれからずっとこのシーンを待っている自分がいた。

キスが少しずつ激しくなっていく。
腕を回されてこのまま何かが始まってしまいそうだ。

颯人さんの気持ちを確かめられないまま今日まで来てしまったけど、本当に私のことをどう思っているんだろう。やっぱ伝えたいし確かめたい。
キスとキスの合間に勇気を出してみる。
「颯人さん、あの、好きです」

まっすぐ颯人さんを見つめてみた。

「うん」颯人さんは少しとろんとした目で優しい顔をしている。

「私のこと好きですか?」恐る恐る聞いてみる。

「‥‥好きだよ」優しく声にならないくらいの声で囁いた。

「ってことは‥」

そう問いかけようとすると、そのまま少し強引に唇で言葉を塞いだ。

そしてそのまま、私たちはあの日の続きを始めた。


つづきの第三話はこちらから

さめざめ「きみが死ぬとき思い出す女の子になりたい」

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