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「きみが死ぬとき思い出す女の子になりたい」第一話

あらすじ

沙奈はバンド[くる]の元バンドスタッフ。
ある日、想いを寄せていた[明くる日]のギター颯人が突然亡くなったことを知る。

葬儀にも参列したが、颯人が死んでしまったことをしばらく受け入れられず途方にくれていた。
もう颯人がいないと分かっていながらも、思い出を噛みしめるように、ひとり颯人の家に向かって歩いていると、沙奈の前に一匹の白い野良猫が現れ話しかけてきた。

もし人生で一度だけ過去に戻れるなら、あなたはどの日に戻りたいですか?

音楽家、文筆家であるさめざめ笛田サオリによる恋愛小説

#創作大賞2023 #恋愛小説部門 #小説


2023年5月

あれから私の時は止まったままだ。
今の私はこのiPhoneの充電4%以下のエネルギーしかない。
あんなに割れないように気をつけていた携帯の液晶がこの数日の間にいつの間にか右端にヒビが入っていた。

ツイッターに上がってきた【明くる日からのお知らせ】と言うツイートを読んで、そのとき初めて颯人さんが死んでしまったことを実感した。

―――――――――――――――――――――

明くる日を応援してくださっている皆さんに謹んでご報告いたします。

ギターの神山颯人が五月七日に永眠いたしましたことをご報告いたします。
享年 三十二歳。
突然の悲報にメンバー、スタッフ共に悲しみに襲われております。
尚、葬儀はご遺族に意向により近親者のみで行われました。
生前のご厚情に心より感謝申し上げますとともに皆様と心からご冥福をお祈りしたいと思います。


明くる日 メンバー、スタッフ一同
―――――――――――――――――――――

このツイートを見たとき頬に生温いものがゆっくりと流れてることに気づいた。

そうか、私はずっと泣いてなかったんだ。
昼過ぎのひとりの部屋で何度も何度もパジャマの袖で涙を拭う。

涙ってどうやって止めるんだっけ。
一度泣き出したら瞳の蛇口が閉まらない。

ああ、颯人さんは本当に死んでしまったんだ。

颯人さんのツイッターアカウントを覗くと、最期のツイートは2週間前のライブ終わりだった。
『今日もありがとうございました!めちゃくちゃ楽しかった!!次のライブは1ヶ月後!!』

もう二度と更新されない颯人さんのツイッターを何度も何度も眺めている。


2019年5月

私と颯人さんの出来事は三年前のこと。

四年前、[明くる日]を下北のライブハウス140でたまたま見たのが[明くる日]のスタッフになるきっかけだった。

私はデザインの専門学校を卒業したあとにグッズ制作会社に就職、だけど想像以上にブラック企業で心身ともに体調を崩して一年もしないうちに会社を辞めた。
なんとなく東京に憧れて秋田から上京してきたけど、思ったよりも東京は居心地が悪かった。

息が詰まりそうなビルの高さ、自分のことだけで頭がいっぱいな人混み。
みんな背伸びすることで精一杯のように見える。
渋谷のスクランブル交差点も原宿の街並みも東京タワーも数回見れば感動は薄れていった。

それでも、自分の居場所が欲しくてなんとなく東京で過ごしていた。
これですぐ秋田に帰ったら、もう二度と東京には来ない気がするから。
なんとなく下北のカフェでバイトしながら、知り合いのバンドのライブがあるとライブハウスに行くような日々。

この日も専門学校時代の友達のミユの彼氏がやってるバンドのライブに誘われて、なんとなくライブハウスに行っていた。
音楽を自分がやるのは想像できないけど、聴くのも観るのも好きだし、何よりもこれから売れるかもしれないバンドを近い距離で応援しているのが楽しかった。
この日はミユの彼氏のバンドも良かったけど、それよりもトリででた[明くる日]にハマった。

ベースボーカルのユウさんの優しくてどこまでも伸びる高音が鳥肌が立つレベルで素敵で、ギターを激しく一心不乱にかき鳴らす颯人さん、顔で叩いてるの?って思うくらい歌うように楽しくドラムを叩くマッサン。
歌詞がかなり直接的なのに、歌メロとアレンジが凄い爽やかでそのギャップが最高に良かった。

フロアに15人くらいしかいなかったライブだったけど、本当に良いライブで終わった後にミユと一緒にフロアの後ろにある物販に行った。
「明くる日のC D売ってまーす。3曲入り1000円でーす!!だれか〜!!いかがですか〜」
マッサンがフロアに響き渡る大きな声で呼び込みをしていた。

私は勇気を出して[明くる日]の物販に行って声をかけてみた。
「あの、今日初めて観たんですけどめちゃくちゃ良かったです!!C D全部ください!!」物販に置いてあるC D―Rを3枚指さした。

「え!マジで!今メンバーみんな呼んでくるから!!ありがとう!!」
そう言うと楽屋からユウさんも颯人さんも出て来てメンバー全員で喜んでくれて、すぐに名前を聞かれてその場でツイッターをフォローしあった。

それからライブがあるたび必ず観に行くようになって、ある日ユウさんから「うちのスタッフやってくんない?」と誘ってもらった。
「スタッフやってくれたら助かる!」とマッサンも言ってくれて
「是非!!やらせてください!!」
私は食い気味で5回目のライブでスタッフになることが決まった。

ライブの日は物販をやったりライブ写真を撮ったり、バンドのSNSを更新したり、noteでライブレポを書いたり。
関係者しかもらえないスタッフパスを胸に貼っているだけで自分が特別な人間になれた気がした。

ユウさんは長く付き合ってる彼女さんがいて、音楽のことしか頭にない真面目な人。
マッサンは一番ひと付き合いが良くて、いつもどこかのライブハウスで友達と呑んでるような人。
颯人さんが一番、謎めいていてメンバーのなかではあまり話しかけてこないけど、さりげなく優しい人で[明くる日]の作曲やアレンジを担当しつつも、アイドルや他のアーティストに楽曲提供をするために色々とコンペに出してるみたいでいつも忙しそうにしていた。

私は颯人さんが密かに好きだった。

言葉数は少ないけどいつもちゃんと周りのことを見ていて、肝心な時に頼りになって。

マッサンはよく「颯人は何も喋らなくても女子からモテてずるい」とお酒を呑むたび言っていた。

私は[明くる日]が売れて欲しい気持ちが一番だったから、颯人さんが好きという気持ちよりもこのバンドを素直に応援したい気持ちでスタッフをやっていた。

[明くる日]のスタッフをはじめて一年くらいして、初めて自力で東名阪ツアーに行くことになり私は運転手兼スタッフとしてツアーに参加することになった。
免許を持っているのが私とドラムのマッサンで、レンタカーを借りてふたりで交代しながら運転することになった。
こんな長時間メンバーと一緒になることは初めてだったので、それだけで物凄く嬉しかった。

初日、名古屋でのライブが無事に終わり、この日は名古屋に泊まらず急いで大阪に向かうことに。
マッサンもライブで疲れていたので、私が名古屋〜大阪区間の運転をすることになった。
ユウさんとマッサンは後部座席で疲れてぐっすり寝てたけど、助手席にいた颯人さんは一緒に起きてくれていた。

「ほんと助かるわ。このツアー沙奈ちゃんがいてくれて良かった」
そう言いながら助手席で缶ビールを飲む颯人さんの横顔がカッコ良くて、思わず見惚れそうになりながらも頑張って運転に集中した。
ゆるいパーマのかかった長い前髪が揺れるたび、隙間から覗く目をいつも見つめてしまう。

「私こそツアーに参加できて嬉しいです。私ができることあれば何でもやりますよ」
「俺らはありがたいけど、俺たちのライブのたびバイト休んで生活大丈夫なの?」
「まぁ、なんとか。普段はかなり節約してるんで、それよりもスタッフやってるのが本当に楽しくて」
「そっか」

大阪まで後もう少しというところで、いよいよ眠気のピークがやってきた。気づけば0時をまわっていて、運転して2時間は経つ。
あくびを堪えて目蓋が重くなっている私に颯人さんがすぐに気づいた。

「次のサービスエリアでトイレ行きたいな」
そうボソって言って、目の前に見えてきたサービスエリアの看板を指さした。
「じゃあ次のサービスエリアで止まりますね」

サービスエリアに着くと後部座席のふたりも目が覚めた。
大きなあくびをしながら頭をかくマッサンに颯人さんは
「あと少しで大阪だからマッサンが運転したら?マッサンの方が大阪の土地感あるっしょ?」
「そうだね、そうするか。沙奈ちゃんのおかげで仮眠取れたからこのあとは俺が頑張りますー!!」
マッサンとユウさんはトイレに行き、颯人さんはサービスエリアの隅にある喫煙所に向かって歩いて行った。

どんなときも颯人さんはさりげなく私を気遣ってくれる。
私の心をいつもどこか見透かしているように思えた。

私も颯人さんを追いかけるようにサービスエリアの端っこにある小さな喫煙所に小走りで向かう。
実は少し前からタバコを吸い出した。
タバコと言ってもアイコスだけど。

マッサンとユウさんはタバコ吸わないけど、颯人さんだけタバコを吸う。
喫煙者になれば少しだけふたりで話せる時間ができるかと思って。
タバコを吸うようになってから、ライブの日やたまに顔を出すスタジオの喫煙所で話すことが増えたのがちょっとした幸せ。

誰もいない夜空の下の喫煙所で、iPhoneを見ながら颯人さんが淡い白い息を吐いている。
私もポーチからアイコスを取り出して吸いだす。未だにこれが美味しいのかはよく分からない。
でも、この時間は私にとっては大切で颯人さんと時間が共有できるなら吸っていたいのだ。

「運転の件、マッサンに振ってくれてありがとうございます。私も丁度、眠くなっていたので助かります」

ペコっと頭を下がると頭をポンと優しく触ってくれた。
「俺、運転できないからさ」
ああ、このさりげない手の温もりだけでもドキドキが止まらない。

空気の澄み切ったサービスエリアから見上げる夜空は、街灯が少ないせいか東京より星がよく見える。

「星、きれいですね」
「ほんとだ」

夜空をふたり見上げながら、黙ってひたすら吸う。

「それ美味しいの?」颯人さんが私の吸ってるアイコスを指さした。
「あ、美味しいですよ。って言ってもこれしか吸ったことないけど」
唇から離して見せると、颯人さんの手が伸びて私の手に触れた。
持っていたアイコスを取り、何も言わずにそのまま自分の口に加えて吸い出した。

「んー。なんとも言えない‥」
「え!それ私のです!!」
一瞬の出来事に動揺を隠せなくて思わず大きな声をあげてしまった。
「俺には無理だわー。はい」表情一つも変えずに私の手に戻した。
「え‥」
「もう吸わないの?」
「いや、吸いますけど‥」
じーっと私のことを見ている。
そんなさっきまで私の唇にあったものが、颯人さんの唇に行って、そこから私の唇に‥
戻されたアイコスをまた恐る恐る吸い出す。
ヤバイ、ドキドキが止まらない。

「トイレ行って車戻るわ。ゆっくり吸ってな」
颯人さんはそう言うと二本目のタバコを灰皿に捨てて後にした。

前にマッサンが言っていたことを思い出す。
颯人さんってモテるって言ってたよね。
こんなこと普通にできちゃうんだからそりゃモテるよね。
でも彼女がいるとか聞いたことないな。あまりそーゆー話をしないから知らないだけかもしれない。
だとしてもさっきみたいなことされたら、抑えてる気持ちがどうしようもなくなってしまう。

ああ、もう心臓の音がうるさい。

15分ほどサービスエリアで休憩をして今度は運転がマッサン、助手席はユウさんになった。
「ホテルまで俺が運転するから沙奈ちゃんと颯人は後ろで寝てなよ」
後部座席に私と颯人さん。
「ユウさん、私助手席で大丈夫ですよ」慌ててそう言うと
「俺、助手席乗りたいから沙奈ちゃんは休んでよ」とユウさんがいつもの良い声で優しく言ってくれた。
「はい、ありがとうございます」
大丈夫、さっきのことはあまり深く考えないようにしよう。

後少しで大阪に着く。なるべく颯人さんとの距離が近づかないように窓際に体を寄せた。
運転席と助手席のふたりが音楽を爆音で流しながら楽しそうに話してる。
ふと颯人さんを見ると、颯人さんも反対の窓際に体を寄せて眠ってるように見えた。
どこか残念な気持ちになりつつも安心して目を閉じる。

ようやく大阪に着いてビジネスホテルでチェックインを済ませると、ホテルを予約してくれたマッサンが506のルームキーを差し出した。
「喫煙ルームの颯人と沙奈ちゃんは5階ね。俺たちは禁煙だから3階の部屋」
「ありがとうございます」
そっか、喫煙と禁煙で部屋の階数違うのか、颯人さんと隣の部屋だなんて‥

「颯人、沙奈ちゃんを自分の部屋に呼ぶなよ」とユウさんが冗談で言う。
「そんなこと絶対にないです!!」と焦って否定する。
「ないない」と颯人さんも軽く笑って返した。

「明日、10時に1階な〜」

マッサンとユウさんが3階で降りるとエレベーターは私と颯人さんのふたりだけになった。

何も話さないまま5階で降りる。
部屋に入る前に何か言われるのかな‥。
静まりかえる廊下をお互いの部屋番号を探しながら歩く。

「505あった、お疲れさま」
「はい!お疲れ様です」

そうだよね、何を期待してるんだろう。
そんな気持ちさえもきっとバレているような気がする。

バタン

慣れない長時間の運転で疲れたしシャワー浴びて寝よう。
明日の夜はライブ終わりでそのまま東京に戻るんだからちゃんと寝ないと。

シャワーを浴びながら、今日のライブのことを考えていた。
[明くる日]は私がスタッフをはじめてまだ一年だけど、少しずつお客さんも増えてきた。

今日の名古屋ライブはユウさんの友達バンドの主催ライブだったから、思ったよりもお客さんいたし、C Dも8枚売れたし‥
まだまだこれからだけど、この3人なら絶対にいつかは日の目を浴びる。
どんどん大きくなってく姿を叶うなら近くで見ていたい。
私ができることはなんでもしたい。

何の取り柄もない私がこのバンドで必要と言ってもらえる。
私の居場所がここにある。

シャワーから出て、枕元で充電していたiPhoneを覗く。
すると、隣の部屋の颯人さんからラインが来ていた。

え‥‥

つづきの第二話はこちらから


さめざめ「きみが死ぬとき思い出す女の子になりたい」


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