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ドワーフの焚き火キャンドルー秋保石のラビリンスー【短編小説】

木の芯から始まる不思議な話―3

……ン キン…
キーン…キン……キン―

甲高い金属のぶつかる音がどこからともなく聞こえる。

入り組んだ洞窟の中に響く音は
ドワーフをさらに惑わせ、入り組んだ道へと導いた。



ドワーフのレリオンは、今日も新しい地層の調査で未開の地を探索していた。栄えている中央地区を出発し、南西の方向へ進む。

しばらく進むと他の地区にもあるような、鬱蒼とした森が現れた。
この森の先は、地図に記されていない土地。
手分けをして土地の調査をする地域と指定されている。

レリオンは南西の森の中を地図と照らし合わせながら、目印を書き込んでいった。
ところが。
夢中で目印を見つけては地面を掘ってみたり、草の匂いをかいだりしているうちに、彼はいつもの悪い癖で、予定していた地域から大幅に外れた土地に来てしまったようだった。

そしで今、目の前に口を開けているのは、ゴツゴツとした岩肌が覗く洞窟。

レリオンは、もうすでに自分が今どこにいるのか分からなくなっていたが
いざとなれば魔法陣を出して自分の研究室に戻ることができる。
土地の調査よりも、好奇心が勝った彼はトコトコと小さな足音を立てて洞窟の中に入っていった。


「おかしいのぅ…」

レリオンの甲高い声が、洞窟に響いた。

洞窟に入るとすぐに、緩やかな傾斜のある細い通路となった。
入り口で火を灯したランタンの炎が唯一の灯りで、その炎が彼の動きと共にゆらゆらと揺れている。
岩肌に映る影が大きくなったり小さくなったり。
緩やかとはいえ少し坂になっている道で息を切らしながら、その陰影を楽しんで進むこと数十分。

洞窟は分かれ道のない一本道だった。

出口が一向に見えてこないため、レリオンは進むことを諦めていったん洞窟を出るために、これまで来た道を入り口に向かって戻り始めた。

そうしてどのくらい歩いただろう。

「おかしいのぅ」

いくら歩いても、明るい光は見えてこない。迷ったようだ。
落ち着くため、レリオンは進む足を止めて岩肌に寄り掛かった。

「ありゃー。これはおかしいのぅ…」

確かに細い一本道だと思っていた洞窟の通路は、岩肌を背にして大きく見渡してみると不思議なことに、だだっ広い広場のような空間が広がっていた。

傾斜もついていたはずなのに、いつの間にか平坦になっている。
そもそも、思い返してみるといつからか坂道ではなく平らな道を進んでいたことに気づいたレリオンは、壁に手を当てて出来る限り背伸びをしてランタンの炎を高く掲げた。

真っ暗な空間はずいぶん奥まで続いている。
これはおかしい、おかしな魔法のかかった地域だったら厄介だと思ったレリオンは、魔法陣を出すために地面に手を当てた。

「…発動しない?」

レリオンの鼓動が一気に速くなる。
もう一度、白い地面に手を当てるが、いつもの青白い魔法陣が浮かんでくることはなかった。

「厄介なことになったのぅ…」

レリオンは白い地面を手で触りながら座り込んでいた。

魔法陣を呼び出せなかった事など、今までなかったのだから。
ここがどんな場所なのかの下調べもせずに、単独で入ってしまった事が悪いと言われればそれまでかと、彼はため息をついた。

と、白い地面をよく見てみると、そこら中にキラキラと光る何かが混ざっているようだ。
レリオンの不安だった心の中身は、一気に好奇心でワクワクとした楽しい想いに書き換えられて、気がつけば夢中で岩肌をランタンで照らしていた。

見れば見るほど、様々な種類の石が混ざり合い、堆積している地層のようだった。
「これは凝灰岩かのぅ。素晴らしい色じゃ」
独り言を言いながら、彼はまた奥へ奥へと進んでいく。

壁をよく見れば、何かで砕いたような跡が残っていたり、どうやって入れたのかわからない切れ目のような線が入っていたり…

と。

キン、キン、キン…

そんな、金属のぶつかるような音が、どこからともなく聞こえてきた。
レリオンは、やっと何かの生き物に出会えると思って、「おおい!」と声を上げる。
キン、キン、キン…
ところが、その音は止むことはなく、レリオンの呼びかけに返事もなかった。

キン、キン、キン…キーン、キン、キン…

「どうしたもんかのぉ。帰りたいんじゃがなぁ」

そう考えているうちに、金属のぶつかる音は次第に大きくなっていった。
これは魔法ではない。なにか、異形のモノのおかしな力だとレリオンが感じた時には少し遅かったようで、すっかりキンキンという音に取り囲まれてしまっていた。

「おのれ妖が!この大賢者レリオンを取り込もうなど1000年早いわ。さっさと出てこんかい!」

カサカサとした甲高い声が、洞窟中に響くと、あたりがパッと明るくなったのだった。


ドワーフの日記より抜粋

その広場の中央にあったのは、茶色く錆びたツルハシのような採掘用具だった。
付喪神か、怨念か…今はわからない。
ただ、記録をしておかねばなるまい。

これは魔法ではない。
ただ、この空間、この道具に命が宿っているだけ。

おそらく、ここはこの石の採石場だったんだろう。
見れば見るほど美しい、変わった石だ。

だから、この地を守ってきた神様がどんな気持ちなのか教えてほしかった。

もっと見てもらいたいのか、そっとしておいてほしいのか。

その念を込めて、落ちていた錆びたツルハシを握り、振り下ろしてみた。

ガッという音を立てて、白い地面に跳ね返されたツルハシから流れてくる記憶を、私は精一杯受け止める。

さっきまで聞こえていた金属の音は、石を採取するときに使う小さな楔とこの道具が出していた、ここによく鳴り響いていた音だった。

かつて多くあった採石場は時代の流れと共に山が閉鎖され、重宝されていた美しい石は人の目に触れることはなくなった。

地味で大変な仕事は人々から敬遠されてゆく。
最後の一人が、このツルハシを置いたとき、この空間に命が宿った。
いつか訪れる、同じ気持ちの生き物にこの記憶を伝えるために、じっとこの空間を守り続けてきたのだ。

気が付くと、また、あの金属音が響いていた。
ツルハシは私の手に握られている。
ゴトリという音がした方を見てみると、そこには切り出された石の塊が転がっていた。

封印が、解けたようだった。

その命の宿った石は、「秋保石」というそうだ。
それが分かったとたん、ツルハシはただの錆びた道具に戻った。

もう一度、地面に手を当てると、青白い魔法陣が浮かんできた。
あぁ、やっと帰れる。

私は、ちょうど器のように穴の開いた秋保石をいくつか採取し、魔法陣に入って無事に研究室へと戻ることができた。

これは、いい器が手に入ったものだ。
ろうそく屋の所へ持って行って、早速話をしてみよう。
きっと気にいるはずだから。


end

ドワーフが便利屋に顔を出さなくなってから3日目の夜。

毎日来ていたあのお節介のご老人も
3日顔を見ないだけで急に不安になる。

店主も便利屋も、お昼を過ぎた頃からそわそわしだし、話の最後に無理やりドワーフの事を挟んではどちらかが探しに行こうと言うのを待っているようだった。

そうしてさらに5日が過ぎた夜。

「さすがにヤバくない?」

しびれを切らしたのは便利屋だった。
しびれを切らしたというか、店主の思っている事を読み取ることができる彼は、彼の頭の中がドワーフの事でいっぱいで、何も手に付かなくなっていることに危機を感じたのだ。

「え?何が?」

「もう、知らないふりするんじゃないよ…このお菓子を食べたら探しに行こう。なにか良くない魔法使いにでも捕まっていたら困る」

そう言って、便利屋は店主が好きなクッキーを差し出した。
店主はドワーフの好きな木芯ろうそくの火をフッと吹き消すと、そのクッキーを受け取って口に入れた、その時。

「久しぶりじゃのー、山で迷ってどうなる事かと思ったわい」

キー 
というドアの開く音と共に、ドワーフが大きな包みを持って入ってきた。

彼らは目を丸くして、口々に「どこ行ってたの!」と強めにドワーフに問いかけると、ドワーフは嬉しそうに、大きな包みに手を入れる。

「おかしな空間に閉じ込められるかと思ったわい」

ドワーフが手にしていたのは、白っぽい石のようだった。

「今度は何を持ってきたんだよ…」

便利屋の問いかけは無視して、ドワーフは自分の体験を語り始めた。

秋保石の迷宮に迷い込んで、いにしえの記憶を解き放った武勇伝を。

それを聞いているものは誰もおらず、店主は無造作に砕かれた美しい石に見入っていた。

「これ、ここにロウを入れてもいいの?」

店主はドワーフの返事を聞く前に、作業台に石の器を並べ始めたのだった。


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