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黄昏の燭台-たそがれのキャンドルスタンド-

人間界と非日常の世界を行き来する 便利屋の昔話

あぁ、降ってきたか。

便利屋が白い息を吐きながら、空を見上げた。
この季節はとてつもなく嫌いだ。早くあっちの世界に逃げるとするか。
鮮明に思い出が蘇ってくる前に、彼は記憶にきつく蓋をして
足早にその場所を後にした。

ポケットの中には冷たくなった思い出の品が入っていて
無意識にそれを握る手に力が入る。

暖かいろうそく屋はもうすぐそこだ。


今日もまた、ろうそく屋の作業場はとてつもなく荒れていた。

人間界が冬になると、どういうわけかキャンドルの注文が多くなる。
クリスマスにぴったりなキャンドルをお願いします、とか
癒されるようなおしゃれなキャンドルを作ってください、とか
嬉しい注文に変わりはないが、気分で仕事の進捗や作る物が変わってしまう店主にとって、それはとても難しい注文だった。

「ずいぶん苦戦したみたいだね」

ふてくされて窓際に座り、カーテンの隙間から外に積もる雪を見ていた店主に話しかけたが、反応は無し。

「おそらく3日ほど布団に入っておらん。
何回かソファーで寝ていたが、早く栄養のある物を食べさせて寝床に連れて行ってやってくれ」

暖炉の前にある、ゆらゆらと揺れるイスからドワーフのレリオンが顔をのぞかせてそう言った。


僕もまた、長年の無理が祟ったのかここ数か月、どうも腰の調子が悪い。

店主と相談して、人間界での販売会への参加を減らそうと決めた途端、あちこちから注文が入ってきた。
それに加えて、本業としている人間界での便利屋の仕事が忙しくなり、店主には無理ばかりさせてしまった。

飛び散ったロウや、使いっ放しの道具類をきれいに掃除しながら
僕はどうしたものかと考えをめぐらす。

すると、フラフラと窓際の椅子から立ち上がった店主は
ロウのカケラが大量に置かれた作業台へと向かっていった。

…ダメだ、トランスに入ってしまっている。

覚醒状態は長時間続くと体に良くない。
魔法を使って、強制的にそれを解こうとした僕の目に留まったのは
一心不乱に蝋燭を削る店主の姿だった。



店主は、人間界から売れずに戻ってきたキャンドルから、時々声が聞こえるような気がしていた。
僕はこんな姿になりたかったんじゃないんだ

「さけるなの?」

イマジナリーフレンドのキャンドルの妖精、芯をさけるくんを呼んでも
彼が出てくることはなかった。

また人魚の時のような幻聴が始まったのかと考えながら
店主は戻ってきたキャンドルたちの包装を解いた。

『削ってみたら』

確かにそう聞こえて、そこからぐんとやる気が入る。

便利屋がいつの間にか戻ってきていることはわかっていたけれど
体が言う事を聞かない。
いつも以上に誰とも話したくないし、勝手に体が動いていた。


「ずっとその調子での」

レリオンが、作業台からこぼれ落ちるロウの削りカスを箒で掃きながら言った。
作業台の上には、大量の削りカスに埋もれていくつかのキャンドルが転がっている。これは、大量注文があったけど思うように売れなかったアレか…

僕は店主が苦労して作った、淡い色合いの細いキャンドルを手に取った。
それはただのピラーキャンドルではなく、彫刻刀で器用に側面が削られ、見事な装飾がされている。
削ったキャンドルの上に、お皿のようなパーツをつけて
それはまるで、燭台のようなロウソクとなっていた。

「なにこれ、めちゃくちゃカッコいいんだけど」

僕はずっと、店主のキャンドルが似合う燭台を探していたけど
もういらない。
探しても見つからなかった理由は、これが欲しかったからだ。

「まだ終わるには早すぎる。もう少し動ける」

ブツブツとつぶやきながら、トランス状態の店主はキャンドルを削り続けていた。


end

便利屋はポケットから思い出のライターを取り出し、
店主がくれた出来立てのろうそくを傾けて火をつけた。

淡い色合いの燭台に、火が灯る。
どれだけ眺めていたのか、いつの間にか辺りは暗くなり
レリオンが星屑の元となるろうそくに火を灯し始めていた。

燭台のろうそくは、炎が燃え進むにつれて形を変えてしまう。
その芸術的な姿を便利屋はじっと眺めてため息をついた。

灯すのは惜しいが、この姿を見る事ができて幸せだ。

自分らしさを貫いた店主は、いつになく満足気で
便利屋の作った卵サンドをさっさと食べると、2階の寝室に続く階段を登って行った。


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