逢魔時-1【短編小説】
「カシャン」と、いつもの音をさせてタバコに火をつけた。
側面に「No Smoking !」と、大きな彫刻が施された愛用しているジッポライターは、かつて兄がプレゼントしてくれたもの。
同じ文字が刻まれたタバコの形をしたライターは、いつも目に入るペン立てに入れられて今はもう火がつかないだろう。
少しだけ昔の事を思い出して、頭を横に振った。
いつもと同じ変わらない夕方。
思いっきりタバコの煙を吐く理由は、思いっきりため息をつくためだった。
便利屋の仕事は、今の時代に合っている。
自分の性格にも、生き方にもすごく合っている。
僕は眼鏡を外して、ぼやけた視界の中でデスクの上にある灰皿に手を伸ばした。
この時間帯はだいたい一人だ。
頭の後ろから差し込む光はだんだんと弱くなり、やがて暗闇が訪れる。
案の定、吸い殻で山盛りになった灰皿からは、数本の吸い殻と灰がこぼれ落ちてデスクの上を汚した。同時に吸っていたタバコの灰もポロリと落ちる。
「あーあ」
僕はタバコを口にくわえて、こぼれた吸い殻と灰をデスクの端に寄せて下にあるごみ箱に落とした。
くるりとイスの向きを変えて手を伸ばし、窓のブラインドを上げた。
西日が差し込み目を細める。
いつもの広場にいつもの灰皿。ぼやけてよく見えないけど、きっといつもと同じ広場だ。
あの頃も、こんな夕焼けの中で話をしていたな。
目線の先にある窓枠に腕をのせると、顔を乗せるのに丁度よくなる。
授業中に寝る時みたいに、自分の腕の中に頬をうずめて
ビルとビルの隙間にある、濃いオレンジ色の部分を見つめた。
今日は空がやけに赤いんだな。
タバコの灰がまたポロリと落ちた。
人と接するのは好きだったはずなのに、どうしてこうも疲れるようになったんだろう。
僕は知らず知らずのうちに「人の目」ばかり気にして生きている。
やりたいことはあるはずなのにその先の事ばかり考えてしまって、気が付くと体が動かない。
ろうそく屋の店主のように
自分の世界に没頭して、思うがままに行動できる人間が今はうらやましかった。
薄暗くなり始めた広場に、ビルの影が濃く伸びている。
こんな時間は何かが起こりそうで、少し浮ついた気分になってしまう。
非日常的な体験は、過ぎ去ってしまえばそれは嘘か真か。そのうち区別がつかなくなって本当の事だったと確かめたくなり、次第にそれを欲してしまうようになる。
また何か、いつもと違う事が起きればいいのに。
心のどこかでそれを思い、自分の力を確かめたくなる。
だからろうそく屋の手伝いをしているんだな。
僕はゆっくりと体を起こして、タバコの火を消した。
あっという間に日が暮れる。
暗いのに、ビルに反射した夕焼けがほのかに広場を照らしていておかしな雰囲気だ。
本当に魔物に会ってしまうような、夜と昼の間の時間。
ゆっくりとした時が、また刻まれていく。
僕は窓のブラインドを下ろして、デスクの上の眼鏡をかけた。
さて、今夜も長い夜が始まるな。
僕の、魔法使いの勘が働く。
日が沈む前からの浮ついた気分は落ち着く気配がなく、デスクの上に無造作に置かれたスマホの画面をじっと見つめた。
3.2.1…
ブー、ブーというスマホの振動する音と共に、画面が明るく光った。
そこには、大変お世話になっているあの人の名前が。
「やれやれ」
僕は鳴り止まないスマホを手に取りそう言った。
「はい。サトウ便利店の石川です」
僕の名前は石川 タクミ。
魔法使いたちが暮らす第3の世界「ヘブン」の国王ギンガの息子で、特殊な力を引き継いだ僕は、人間界と第3の世界を行き来しながら様々な仕事をこなす便利屋をやっている。
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