こちらの世界の月【短編小説】
ドワーフの日記より抜粋
今夜の月がどんな月か、また見に行かねばなるまい。
見事な月に美しいと言わなければ
二度とその色合いを見ることはできないのだから…
Ⅰ
人間界から来たものが夜空を見上げて初めに驚くことは
月が「2つ」浮かんでいることだ。
たいていの人間が、頭がおかしくなったのかと
自分を疑い、頭を抱えるのを見て
いつもこれが普通なのだと説明をしても、にわかには信じがたいという。
あの便利屋が初めてこちらの世界に来た時もそうだった。
当時は人間界で面倒が起きていて
殺されかけた直後だったから、相当参っていたようだったが。
魔法に関しては父親譲りのセンスが光り
例の魔法使いが羨むほどの力をすぐに発揮したが
これまでの人間界での堕落した生活がそう簡単に改善することはなく
昼に寝て、夜に活動するというおかしな奴だった。
Ⅱ
「なんてきれいな月なんだ。昨日の紫色の月をまた見たいと思ったら
今日はグレーだった。グレーなのにどうしてあんなに輝いてるんだろう」
ろうそく屋の店主と便利屋は、
自分好みの月を見た日は興奮して私に報告を入れてくる。
夜空を見上げるたびに色が変わる月は
この非日常の世界特有のものらしい。
人間の世界では、月は薄い黄色か白が定番で
珍しい時は橙色のような赤みを帯びたりピンク色になったりするようだが
こちらの世界の月は様々な色味があった。
これまで幾度も夜空を見上げてきたが
色の法則など、全く解明できていない。
ただ、不思議なことに
見る者が美しいと声に出さなかった夜の色合いは
もう二度と現れることはないという。
Ⅲ
だから、こちらの世界の月は
かなりプライドが高く、気難しい性格だと思われる。
この、非日常の世界は
神様が作ったモノが自由に生活する場所。
大地も、植物も、ろうそく屋の店主が作り出した星屑さえも
命が宿って生きて行く。
すべてのモノに意思があり、それを発するものもいれば
一生しゃべらない無口なものもいる。
これは魔法ではなく、ただ、モノに命が宿っているだけ。
ただ、そういう事なのだ。
きっと、人間には理解しがたい事かもしれないが
一度こちらの世界の食物を食べた人間ならば
そのモノたちの声を聞くことができる。
Ⅳ
かつてはこちらの世界と人間界の交流もさかんに行われてはいたが
時間が経つにつれて
その血を受け継いだものが、人間界では魔法使いと呼ばれたり
悲しい迫害が行われるようになってしまった。
それまでは自由に行き来できていたこの世界の入り口はすべて閉ざされ
国王の許しがないと
この二つの世界の間は行き来できぬようになってしまったのだ。
行ってはならぬと言われれば、行きたくなるのが生き物の悪い所。
人間界との通行口は秘密裏に開通され
恐ろしい取引が行われ、大きな争いへと発展していったのは昔の話で。
今は時代が変わり、人間界との交流も再開された。
便利屋のようにこちらの世界と人間界で上手く仕事をしているものもいれば
ろうそく屋の店主のように入り浸る人間もいる。
そして私はまた
こうして夜の天体を観測できるようになったわけだ。
end
空に浮かぶ二つの月が、どんな関係なのかは誰も知らない。
月は未だかつて、私の問いに答えてくれたことはないが
その色で、こちらの声を聞いていると答えてくれている。
見上げるたびに色が変わったという報告も来ている。
さぁ、まだまだ調査は始まったばかりだ。
またこの色合いが見えるように声に出して、綺麗だと言おう。
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